White Noiz

諸々。

棺の中の花嫁

「ちょっと、コレ、どういうことなの?」
 チャーリーが毒づいた。
 オレも同じ感想だ。
「ねぇ?どういうこと?」
 どうやらチャーリーの独り言じゃないらしい。オレに聞いてきた。
「オレに聞くなよ」
 ビジョンが見えた。その直後の襲撃だった。
 背後の岩に着弾した弾丸が耳障りな音をたてた。
「ターリバーンの残党じゃないよね?」
 チャーリーが岩越しに洞窟の入口の近くを覗こうと顔を上げる。途端にフルオートの一斉射撃。
「んー、射撃音はAK-47かなー」
 エコーが中空を見上げながら銃声で敵の装備を言い当てる。お前の聴覚はどうなっとるんだ。一体。
「そんなもん、ターリバーンだけじゃなくって現地の自警団だってAK-47使ってるよ」
「正確にはAKMSUだけどな」
「いや、確かにAKMSUはこの近辺で製造されてるけどさー」
 チャーリーとエコーのどうでもいい言い合いが始まってしまった。軽く頭痛を覚える。
「おまぃら、もちーっと状況を考えろよ」
 軽くツッコミを入れる。
「エコー、索敵」
「こちらエコー。洞窟の入口の陰に4人、洞窟の手前2mの塹壕に4人。洞窟入口の上方5m岩陰に2人。獲物は全員AK-47」
 発砲音による索敵。こんな芸当ができるヤツを他に知らない。
 インカムに話しかける。
「こちらブラボー。シエラ、いるか?」
「こちらシエラ。アイサー。いますよ」
 インカムからトボけた口調で返事が返ってきた。
「どこだ?」
「ブラボーの居るところから、約700mってところっすかね。丘の岩陰に隠れています」
「んじゃ、いっちょ頼むわ」

 所属する『警備会社』からこの仕事が舞い込んできたのは年明けすぐのことだった。
 内容は要人の警護。ギャラは至って普通。ただ、問題になりそうだったのは場所。ペシャーワルでその要人と落ち合うようにという話だった。
 ペシャーワル。南アジアにあるパキスタンの北西辺境の都市だ。50kmも西に行けば、カイバル峠を越えてアフガニスタンとの国境にぶち当たる。
 内容的には、パキスタンペシャーワルから、アフガニスタンのジャラーラーバードまでの移動だという。
 混乱醒めやらぬ南アジア。この案件は戦闘に巻き込まれることも想定されたものだろう。だからこそオレ達が雇われたのだ。
 そうは言いつつもあくまでも名目は『要人警護』ではある。戦闘は避けて通ればいい。戦闘情報を確認しながら進めば済む話ではあるし、現場確認でも銃撃戦をやっていれば音でわかる。
 問題は襲撃だ。要人様がどこのどいつなのかは知らないが、要は襲撃の可能性があるかどうかが問題なのだ。たかだか一介のフリーのジャーナリストが、一体誰に狙われるというのか。そういう意味では、フリーのジャーナリストの警護なんていうのは、聞いたこともない話ではあったのだが。
 つまりは、多少の不可解さはあったものの、そこまで深刻な事態には陥らないだろうという読みはあった。

 ペシャーワルのバシャ・カーン国際空港で落ち合った要人様は、ジャック・ハワードと名乗った。栗毛の髪にがっしりとした体躯、レイバンのサングラスを掛けた30代後半の男だ。
 歩き方や身のこなしに軍隊経験を感じ取ったオレは、ジャックなる名前が偽名だと思った。ジャック・ハワードなんて俳優にもそんな名前のヤツが居たような気もするし。
 何だか嫌な予感がしたものの、警護対象がただ単に護られるだけの存在ではない事にある種の心強さを覚えた。
 トレーサーであるタンゴが「特殊部隊出身のヤツがオレ達に何の用があるんだかな」と呟いたのがやけに印象的だった。
 話を聞いてみると、フリーの戦場ジャーナリストではなく考古学系のジャーナリストとの事だった。なるほど、遺跡調査の警護とくれば、鉄火場に脚を突っ込みに行くような状況にはならないように思えた。
 これが後に大間違いだったことを知るわけだが。

 ペシャーワルで一週間ほどクシャーナ朝カニシカ王時代の遺跡を調べたジャックとオレ達は、従来の行程通りアフガニスタン国境のトールハムへと移動した。
 つい最近、ターリバーンによるペシャーワル軍事学校襲撃などといった物騒な事件はあったものの、ペシャーワルは概ね平和で何の問題もなかった。
 しかし、国境を越えた辺りで問題が発生した。
 あろうことか、夜中にジャックがキャンプから姿を消してしまったのだ。もちろん、交代で見張りをしていたオレ達の目を盗んでだ。
 午前4時半頃、ジャックの失踪に気づいたオレ達は、トレーサーのタンゴにジャックの痕跡を探させ、同時に彼の荷物を探った。
 彼の荷物は、そのまま彼のテントに転がっていた。中身を漁ってみると調査に必要そうな手帳と衛星写真まで残っていた。
 状況から考えると連れ去られた可能性は高い。しかし争った形跡が全くないのもおかしい。
 色々と考えているうちにタンゴが戻ってきたので、本部に現状を報告し、指示を仰いだ。
 本部の返答は至極簡潔で、オレ達全員が溜息を吐くには十分とも言える内容だった。
 曰く、『警護は奪還に変更』

 タンゴが確認してきた足跡はニ人。ジャックを連れ去った人物は若い女性らしかった。
 二人は西に向かって5kmほどのところで車に乗り込んでいた。向かっている方角はオレ達が寝泊まりしたキャンプから北西。
 ジャックの持っていた衛星写真の映像を本部に転送し、照合してもらったところ、やはり場所はキャンプから北西の遺跡らしいとのことだった。
 当然の事ながら、オレ達はこの遺跡に向かうことになった。
 途中、キャンプから8kmほどの所に村落があった。ジャックの足取りを確認するため、村落に入り情報収集を行った。
 二人はこの村に立ち寄り、食料と燃料を調達して進んだらしい。ジャック拘束されてはおらず、やはり、女と連れ立ってキャンプを立ち去ったようだった。
 衛生写真の遺跡は村落から北に15km程のところにあるらしく、幸いその情報も仕入れることができた。かなり古くからある遺跡らしいが、あまり人に知られることもなく発掘調査対象にもなっていない朽ち果てた石窟寺院らしい。
 三年ほど前から巡礼者と思しき数人の人影が見えることもあるが、ターリバーンではないらしく、武装している様子もないとのことだった。
 この話はオレ達にとって吉報だった。もし仮にこれがターリバーンの残党であったら手持ちの装備では少々心許ない。
 オレ達はその晩を村落の外れでキャンプを張って過ごし、夜明けを待ってその遺跡へと向かったのだった。
 だが遺跡で待っていたのは、怪しい宗教団体の巡礼者ではなく、銃弾の洗礼だった。オレ達と荷物をここまで運んでくれたトラックは、最初に迫撃砲に狙われて吹っ飛んでしまった。

「カウント、こっちで取っていいっすか?」
 シエラがタイミングを聞いてくる。
 突入のタイミングは、全体を俯瞰できているシエラに任せた方が良いだろう。
「こちらチャーリー。ちょっと待って」
「こちらシエラ。なんすか?」
「タンゴ、シエラが撃ったら、スモークグレネードを塹壕と洞窟にぶっ放して。もちろん塹壕が先ね」
「こちらタンゴ。スモーク炊いたら突撃できなくなるのでは?」
 タンゴが異を唱える。
「こちらチャーリー。穴蔵から獲物を狩り出す時に燻すってのは、常套手段じゃない。そういう時の為にアタシがいるんでしょ?」
 タンゴが困ったような表情でオレの顔を伺う。
 タンゴの気持ちはよく分かる。そんなプラン、誰が採用するっていうんだ?っていう。な?
「単身突撃の白兵戦なら、アタシは無敵なのだ」
 チャーリーはそう言って、許可も出していないのに、いそいそとガスマスクを装着し始めた。
 単身突撃など、常識から考えればあり得ない戦術だ。あり得ない戦術だからこそ敵も混乱するし、その混乱を利用して一気に制圧してしまうチャーリーの白兵戦闘能力こそが、そもそも常識の埒外だ。
「こちらブラボー。もういいや、チャーリーの好きにさせろ」
 一瞬、インカムの間に深々とした溜息が聞こえて来そうな沈黙が流れた。
「こちらタンゴ。了解」
「エコーは中継ポイントになりそうな11時の方向にある岩陰へ進め。そこまでの援護をオレがやる。そのままエコーは中継ポイントからチャーリーを援護」
「こちらエコー。了解した」
「えっへっへぇー、さぁ、狩りの時間だよぉー」
 チャーリーがククリナイフとコルトガバメントを腰のホルスターから抜き構える。
「ブラボーより、全員へ通達。シエラが5カウントの後遠距離射撃。ヒットの有無に関わらずタンゴがスモーク・グレネード。その後はチャーリーの援護。チャーリーはアタック。エコーは11時の中継ポイントへ進め。オレはエコーの援護」
『了解』
 チーム全員の声がハモる。
「こちらシエラ。カウントダウン。5、4、3、2、1」
 悲鳴と共に洞窟の上から人がドサリと落ちてきた。遅れて銃声が飛んで来る。
 タンゴは既に立ち上がり、敵が状況を把握できないでいる一瞬を狙ってグレネードを発射していた。間抜けな音とともにスモーク・グレネードは塹壕の中に吸い込まれていった。
 同時にシエラに狙撃された二人目が、洞窟の上から落ちてきた。
 チャーリーは既に岩陰から飛び出していた。小柄な彼女の背中が塹壕の中に飛び込んだ。野太い銃声。断末魔の悲鳴は聞こえない。
 視界ゼロの中、音と気配だけで左手に持ったククリナイフの間合に入った敵を察知して切り伏せる。間合いの外にいる敵には右手で持ったガバメントの強烈なマン・ストッピングパワーでぶっ飛ばす。それがチャーリーのスタイルだ。
 ガバメントの銃声は2回。
「こちらチャーリー。クリア」
 その声を合図に援護を再開させる。
 チャーリーは塹壕から飛び出して、洞窟へと駆け寄っていった。

「ちょっとー。どう考えてもコイツ等、素人じゃないんだけど」
 チャーリーが地べたに転がっている謎の武装集団をタクティカルコンバットブーツで小突きながら訴えている。
 スモークが薄れて、ガスマスクを着けなくとも洞窟に入ることができるようになっていた。
塹壕まで掘ってますしねぇ」
 のんびりとスナイパーライフルL96A1を背中に担いだシエラが歩いてくる。
 確かに巡教者も狂信者も、墓穴は掘っても塹壕は掘らないだろう。何者なんだろうか、こいつ等は。
「ブラボー、本部に確認を取った方がよくないか?」
 タンゴが慎重論を提案する。
「入口にこんだけ人を投入してたら、中はそんなに多くないんじゃない?」
 チャーリーは救出推進派だ。
「既に結構な数を殺っちまってる。ここで躊躇するのは無意味だ」
 エコーが身も蓋もないことを言う。
 確かに、既に戦闘は始まってしまっている。本部に問い合わせを入れずとも、足元に転がっている連中が例えどんな奴等だろうとも、襲撃を受けたので反撃したという正当性はそのまま報告として通用しそうだ。
 ただ、なんとなくではあるがとても嫌な予感がするのはオレだけだろうか。
 唐突に拍手が聞こえた。
「いやぁ、実にお見事でした」
 全員が照準を男に合わせた。チャーリーだけが男の喉元にククリナイフを突きつけている。誰も引き金を引かなかったのは、あるいはチャーリーがククリナイフを振り抜かなかったのはその男に見覚えがあったからだ。
 ここでご登場か、ミスター・ハワード。

「さて、ここで皆さんにご説明しましょう」
 入口から洞窟の奥へ進むこと、5分程度。安全は保証するというジャック・ハワードを信用し、シエラと合流したオレ達は崩れそうになっている石扉の前の空間にいた。
「この石扉の向こう側にあるのが玄室。つまり太古の墓の跡です」
 周囲は仄明るい。電灯もランプもないのにどういう仕組みなのか。
「皆さんはエキゾチックマターという物質の存在を聞いた事がありますか?」
 ジャックはゆっくりとした口調で話し始めた。
 シエラが反応を示す。
「それは、仮説上の粒子のことですか?それとも、ボース=アインシュタイン凝縮やクォークグルーオン・プラズマのような状態のことですか?」
 それは、一体何の話だ?
「よくご存知ですね。しかし残念ながら違います。オムニシエントであるあなたならば本当の意味をご存知なのではないですか?」
 ジャックが笑う。地面から照らされる仄かな明かりのせいで不吉な笑みのように見える。
 シエラは黙り込んだ。
「エキゾチックマターという物質は、現代物理学においては『その存在が確認されていないが、仮説上存在すると言われている物質。あるいはその物質の状態』と定義がなされていますが、わたしがここで説明しようとしているものは、確かにその範疇には入るものの、人間に変異を与えて進化させ、文明を発展させる物質のことを意味します」
 ジャックの声が朗々と洞窟内に響き渡る。
「ナイアンティック・プロジェクトですか……」
 シエラが声を絞り出すように呟いた。
「そうです。遥かな太古の時代から、人間を変異させて文明を発展させてきたエキゾチックマターを使い、既に滅亡への道を歩み始めてしまった人類を変異させて地球という星の運命を矯正する。我々はそのためにナイアンティック・プロジェクトに加わった。そして、同じような立場にあるあなたならばご存知の筈だ。南アジアのどこかに、エキゾチックマターを制御するシステムが眠っているということを」
「では、この遺跡が13マグナス・ネスト?」
「おい、シエラ、どういうこなんだよ?!」
 シエラの言葉をエコーが怒声で遮った。
「エコー、すみません。僕等はとんでもない厄介事に巻き込まれたらしい」
 シエラは溜息を吐き出すように言った。
「厄介事ね。表に倒れてる連中が襲撃してきた時点で、分かっちゃいたがね」
 苦笑して肩をすくめながらら皮肉を漏らしてしまう。自分のこういう性格は嫌いじゃない。
「連中は彼等に対抗しようとしているアンチマグナスのイリーガルエージェントでしょうね」
 シエラが説明を続ける。
「そうですね、あなた達が突破してくれたお陰でわたし達もすんなりとここに入ることができました」
 ジャックがにこやかに話しかける。
「僕は、何も知らされていなかった」
 シエラがオレ達に自分の立場を訴えた。
「信じて良いんだな?」
 オレの言葉に、シエラはエコーの目を見据えたまま頷いた。
「しかし、僕がオムニシエント?一体どういうことなんだ?」
 シエラがジャックに問い質す。
オムニシエントのロールは、『叡智』、そして『俯瞰する者』。だが、そのロールも物語の中でのものでしかない。決して物語全般を見渡すことは出来ない」
 ジャックはゆっくりとオレ達を見回し、ニヤリと笑うと石扉を奥へと押し込んで開き始めた。
 扉は崩れ落ちそうな外見とは裏腹に、音もなく開いた。
 ビジョンが見えた。放射線状に並べられた幾つもの棺。直感的に分かる。これはやばいヤツだ。
 オレは無言でグロック19でジャックの頭を狙う。
「コレは何だ?」
 ジャックは大げさに驚いたように肩をすくめた。
「見えましたか」
 見えた?どういう事だ?
 オレは何も言わずにジャックを睨み続けた。
「安心してください。あなたが見たビジョンの通り、中には棺しかありません」
 なぜお前がオレの異能を知っている。
「タンゴ、エコー」
 タンゴとエコーに指示を出す。タンゴが地面を調べる。エコーが聞き耳を凝らす。シエラとチャーリーとオレは三方向からジャックの頭を狙っている。この状況では確実に誰かがジャックの頭を吹き飛ばすだろう。ジャックには何もできない。その筈だ。
 だが、何故だ?オレが見たビジョンは未だ頭の中から消えない。脅威はこの眼の前の男ではないのか。
「少なくとも、ここ数年この扉が開いた形跡はない」
 タンゴが無愛想に報告する。
「部屋の中も誰かが潜んでいるわけでもなさそうだ。ついでに後をつけているヤツもいない」
 エコーも珍しく真剣な顔をしている。
「そういうわけで、中へどうぞ」
 ジャックが扉を潜り中へと入っていく。
 チャーリーが中へ入る。
「クリア」
 しばらくの間の後、チャーリーの報告が入る。
 続いて、タンゴ。そしてシエラ。オレ。最後にエコー。
 オレの背後でエコーが息を飲む音が聞こえた。
 誰も居ない筈の玄室には、ひとりの女が待っていた。
「誰も居ないと思ったでしょう?残念でした」
 サリーのような民族衣装を纏った女は、そう言って微笑んだ。
 背後から石扉が閉まる音が聞こえて来た。

 真っ先に動いたのは、やはりチャーリーだった。円形のステージのような場所に駆け上がる。ステージに立つ女の右腕を絡め取って背後に回り、ククリナイフを喉元に突きつけた。
「動くな!」
 チャーリーは女の右腕を極めたまま、ジャックの方へ突き出して牽制する。
 オレ達も女とジャック、両方へと銃口を向けた。
「いいから手をあげて、後ろに組め」
 苛立ちを隠しきれずにジャックへ命じる。
「ゆっくりとあの円形のステージに行け」
 ジャックはエコーの言葉に満面の笑みを浮かべる。
「承知した」
 手を頭の後ろに組み、ゆっくりとした足取りでステージへと上がるジャック。が、ステージのセンターへと進む前に足を止めた。
「ところで、あなた達は気になりませんか?この下にある棺を」
 コツコツと踵で円形のステージを叩いた。
 エコーとタンゴがギョッとしてステージの下に視線を走らせた。「陽動なんかではありませんよ。この円形の祭壇の下に棺があります」
 確かにそうだ。ビジョンではあの位置に棺が放射状に並んでいた。ジャックが祭壇と呼んでいる円形のステージは、薄っすらと光っていて、中の影が微かに見えている。その影は棺のようにも見えた。
「ここはネスト。13の覚醒者-センシティブ-が眠りに着く場所」
 女はジャックの言葉を継いで、ゆっくりと説明をしはじめた。
「エキゾチックマターによって変異した人間はセンシティブとして目覚めて様々な異能の力を手に入れることができるのだ。その異能の力を大別すると13のアーキタイプとして分類できる」
 ジャックは説明をしながらステージの中央の方へと歩み寄る。
「残念ながら、今回のこの案件では13の全てのアーキタイプを一斉に揃える事は出来なかったのだけど」
 ジャックが女の傍らに立つ。
オムニシエント。叡智を司る者。シエラ、きみだ」
 シエラの顔は真っ青だった。
エクスプローラー。行き先を指し示す者。タンゴ、あなたよ」
 タンゴは驚きを隠せずにいた。
「リスナー。音を逃さぬ者。エコー」
 エコーは間抜けにも呆気に取られていた。
「ビジョナリー。未来を視る者。ブラボー」
 未来が見えるといっても、ほんの数秒後の未来だけなんだがな。
「そしてわたしがトリックスター。物語を進行させる者」
「あたしがパトロン。この物語を支援する者」
 ジャックは女の傍らに立ち、チャーリーの手を取った。
「そして最後にカタリスト。チャーリー、きみは触媒だよ」
「おめでとう、チャーリー。このマグナスの花嫁はあなたよ」
 重い沈黙が降りた。
「一体なんだっていうのよ?!頭おかしいんじゃないの?!」
 チャーリーが我慢できずに叫んだ。女を突き飛ばして後ろへよろけるように下がる。
 どこかで岩の歯車が噛み合うようなガコンという音が響いた。
「エキゾチックマターをこの世界に持ち込んだシェイパーズの花嫁。ロールを果たしなさい」
 ステージが持ち上がったかと思うと、埋まっていた棺が浮かび上がり、外へ向かって屹立した。
 棺の蓋は太古の技術でどうやって実現させたものか、水晶のように透き通っていた。その透き通った蓋の中にある人影……。
 そんな馬鹿な。あれは、あの棺の中に収まっている遺体はオレだ。
 そして残りの12の棺の中に収まっているのは……。
 チャーリーの悲鳴が洞窟内にこだました。

「あぁ、そうそう。オムニシエント。残念ながらここは13マグナス・ネストではない。そうだな…クェイサイ・マグナス・ネストとも言うべきかな」
 屹立した棺の隙間からジャックと女が現れる。
「そう。13マグナス・ネストのハードルはもっと高くてね。あそこは遥か太古の文明がショーニン・ストーンを封じている場所なの。アズマティの一族があそこの番人をやっている以上、そう簡単には奪えそうになくって」
 オレ達はゴーゴンに魅入られたようにジャックと女の説明を聞いていた。
「そこで、ショーニン・ストーンと同じようにエキゾチックマターをコントロールできるシステム、アーティファクトっていうヤツを作れる遺跡を探してたというわけだ」
 低く、唸るように響く、何かの駆動音。
「そのアーティファクトの欠片を精製できる場所のひとつが、ここっていうわけ」
 耳鳴りのような、酷く不快な高音。
「ショーニン・ストーンほどに強力ではないにしろ、エキゾチックマターを制御できるのだから、我々にとっては強力な切り札となり得る」
 棺の中から幽霊のように半透明な黒い人影が浮かび上がっては、洞窟の天井へと消えていく。
「この棺は、あなた達センシティブの肉体を格納しているタイム・カプセルみたいなものよ」
 本当にこの棺の中に入っている屍はオレなのか。
「本体はここにある。今のあなた達は幻影だ。シミュラクラという不死の存在だ」
 不死とは何だ。
「シミュラクラは1331日をかけて、肉体との再結合と再分裂を繰り返すの」
 オレ達は幻影だというのか。幻影として生きてきたのだとするのならば、今までのオレは一体何だったのだろうか。
「この再結合の際に発生する、特殊なエキゾチックマターこそが、アーティファクトの精製に必要なのだ」
 オレ達は何のために産まれたのか。
「ここに居る7人以外のアーキタイプはなかなか足並みが揃わなくって、今回はちょっとズルさせてもらったんだけどね」
 アーキタイプとして、こいつらに利用されるために産まれてきたのか。
 洞窟の天井が仄かに光りはじめる。
「残りの6体のアーキタイプは、既に棺の中で眠りについている。ミレニアムという区切りのいい2000年に、このプロジェクトを立ち上げて、今日でちょうど15周年だ。キリのいいところで我々も切り札を入れようということでね」
 こいつらに利用されるために、望んでもいない異能を与えられて産まれてきたというのか。
 棺から産まれ、天井に集まった亡霊共が雷雲となり、雷が天井を這いまわる。
「安心して。再結合した後は、たぶん記憶も何も全部失って生まれ変わる予定だから」
 異能を悪魔の子だと親に罵られ、ボコボコに蹴られて死にそうになった記憶が蘇る。
 天井を這う雷が悪魔の姿を成し、三叉の鉾を振りかざして雄叫びをあげた。
「まぁ、あくまでも予定であって、アーティファクトの欠片を精製した文献なんていうのは残ってなんかいないから、どうなるのかはさっぱり分からんがね」
 冗談じゃねぇぞ。悪魔なんぞお呼びじゃねぇんだ。
「あたし達の崇高な犠牲によって、この地球が救われる。そういうのも悪くないわよ?」
 冗談じゃねぇぞ!!怒りが出口を求めて体中を駆け巡る。
 唐突にビジョンが現れる。爆音。そして崩れ落ちる洞窟。
 指示書に書かれないまま、直接上司から口頭で受けた命令。
『我々はいつでも無人爆撃機を飛ばせるように準備だけはしておく。くれぐれもビーコンだけは切るなよ』
 あんのクソ上司、こうなることを予想してやがったなぁ……。
「オメェ等!!爆撃が来るぞ!!」
 オレは抜け落ちていく力や気力をかき集めて全力で叫んだ。
 叫ぶと同時にステージに向かって走り込む。目指すは、屹立した棺が収まっていた筈の穴。何千年もの年月を耐え抜いて来た、現代科学でも説明不可能な物質でできたオーパーツの隙間。
 一瞬遅れて我に返った全員が同様に隙間に向かって走り込む。
 我に返ったジャックと女が洞窟の天井を見上げたその瞬間。
 轟音とともに洞窟が崩れ落ちた。

 オレ達はかなりの重症を負い、ボロボロになりながらもなんとか全員生還した。
 ギャラは交渉の結果、5倍に跳ね上がった。
 洞窟内の棺と中の屍はオレ達の所属する警備会社「HAZDATA」が回収したらしい。その後、それらのオーパーツで何やら怪しげな研究をしているらしかったが、オレ達は大金を積まれて詮索無用との厳命を受けた。オレ達の屍なのに、詮索無用とは酷い扱いだとは思ったものの、アホみたいな大金の前に屈した。沈黙は金とはよく言ったものだ。
 ジャックと女の遺体は見つからなかったらしい。もちろん、あの二人の正体は覚醒派であるエンライテンド側の人間という以外、何も分からなかったそうだ。
 ようやく傷も癒え、退院できる頃になって、ハンク・ジョンソンという男が、アフガニスタンにあった13マグナス・ネストに関するレポートをGoogle+というSNSに掲載しはじめた。
 最後に。SNSに載っていたハンク・ジョンソンの写真はオレ達が知っているジャック・ハワードという男とは全く似ても似つかぬ別人だったことを付記しておく。

-了-


 あとがき。
 今回はイングレスっていう、位置ゲーのバックストーリーをスピンオフにしてみました。割とガチで挑戦しました。
 色々難しかったですね。長くなってしまいましたね。
 最終的に短編の枠に収まるよう、今あちこち削りまくってます。
 だいたいそんな感じの作品です。

Noisereduction

 その街の夜は喧騒に溢れていた。
 ネオンが忙しなく明滅し、雑踏と排気音とビートの効いた音楽が綯い交ぜになって暗闇を追い払っていた。
 不夜城の人混みの中を縫うようにして男は歩いていた。
 やや広くなった額に、黒髪の中に見え隠れする白髪。年の頃は四十代なかばといったところだろうか。
 サイバネティクスによる若返りが可能となった昨今では、珍しい「年齢」と言えるだろう。
 しかし、それでも四十代とは思えないほどの、そして雑踏を歩くという速度とは思えないほどの身のこなしをしていた。スムーズに歩けるほどの隙間もない雑踏の中を、肩もぶつけずにスルスルと進んでいく。

 男は事件を追っていた。
 一週間ほど前に依頼された調査は、「事件」と言ってもいい厄介なシロモノへと変貌していた。
 確かに通称「安全局」と呼ばれる非正規の機関から請けるような調査が、まともなものだった試しなどありはしなかったのだが。それでも金払いは良かったから、ついつい二つ返事で引き受けてしまった。
 男は気安く請け負ってしまった事を後悔していた。
「もっとふっかけておけばよかった」
 そうひとりごちた後、男は足を止めた。
「何の用だ?」
 男の前を遮るように女が立っていた。
「アンタ、人の話を聞かないタイプでしょ」
 ダークブラウンのパンツスーツをきっちり着こなした若い女は、男を睨め付けながら言い切った。
「余計なお世話だ」
 男は女を避けて進もうとするが、女はそれを許さない。先読みしたかのように男の前に立ちはだかる。
「『局』に言われたでしょ?アタシを上手く使いなさいって」
 腰に両手をあてて男を見るスーツ姿は、ネオン街の雑踏の中では目立つのだろう。周囲を行き過ぎる男たちが野卑な口笛を吹きながら通り過ぎて行く。
 女はそれをキッ睨む。
「どんなに便利だろうと、使いたくない道具っていうのは存在するんだよ」
 男はつぶやくようにして吐き捨てた。
 それを耳にした女は、再び男を睨みつける。
「それってどういう意味よ?」
「オレがアンタを嫌いだってことさ」
 男が女から視線を反らした。何かを見つけたといった表情で、女の右後方を見据えて舌打ちをした。
 女も男の視線を追いかける。
「何……?」
 視線の先には雑踏があるだけだった。
 慌てて振り返った女の目の前から男は消え失せていた。

 メテオ・カタストロフから四十年が経つ。
 キリスト教イスラム教の聖地へと落下した隕石は、地上に辿り着く前に燃え尽きた。しかし、それでもその衝撃波は中東と呼ばれていた地域を蒸発させ、地中海周辺の国々を海の中へと飲み込んだ。
 カタストロフは人類を進化させて、そして退化させた。サイバネティックテクノロジーをはじめとする肉体の強化は、欧州の過酷な環境を克服する為の必然であった。テクノロジーは人類を半ば不老不死の化物へと進化させた。
 その一方で生身の身体に対して「改良」を加えるといった禁忌は忘れ去られていった。中東や欧州から遠く離れた極東やオセアニア、米大陸の宗教者はその危険性を声高に叫び続けた。しかし、肉体の劣化と死、そして過酷な環境という現実の前では、魂の劣化など取るに足らないものだと誰も耳を貸そうともしなかった。
 やがて「生身の身体」に拘り続ける人々は、進化を受け入れられない人々だとされ、社会的に隅に追いやられていった。
 そういった生身の人々がオーストラリアに集まり、国家を形成して十二年。閉鎖的な国家形態の中で独自の精神文化を築きあげたとも噂されていた。
 やがて世界は「宗教」ではなく「エクステクノス-拡張技術」と「サモニケーション-交信召喚」という思想によって分断されるようになっていた。

「それで?ユキトを取り逃がしたって?」
「……はい。申し訳ありません……」
 ネオンが煌めくビルの谷間。男-ユキトを見失ってまだ三分と経っていない。
 薄暗い影の中で女-ジェシカは身をすくめた。
「まったく、何をやってるんだ……」
 ジェシカの直属の上司がため息をついた。
「本当に申し訳ありません……」
 ほんの一瞬の隙を突かれた。忸怩たる思いがある。
「まぁ、相手はあのトウドウだ。仕方ないと言えなくもないが……」
「失礼ですが、その……。トウドウはそれほどの?」
 ジェシカにとってのユキト・トウドウは冴えない壮年のおっさんといった印象でしかなかった。
 だからこその油断があったとも言えるのだが、ジェシカにとってはそれは青天の霹靂でしかない。
 上司は苦笑しながらジェシカの問いに答えた。
「気をつけろ。あの男なら、いつの間にかキミの後ろに立っていても不思議ではない」
 ユキトとは一体何者なのだろうか?ジェシカは考える。
 「局」の機密であった筈の今回の案件を任された事といい、上司にそこまで言わせしめる事といい。
「次に現れそうな場所の目星はついているのか?」
「はい。恐らくはセパテスの店かと」
 セパテスはユキトが姿を消した場所から七百メートルと離れていない。非合法ドラッグの巣窟となっている店だ。
「なるほど。それならばすぐに行き給え」
「はい」
「今度は逃げられないようにな」
 ジェシカは思い切って聞いてみる事にした。ユキトとは何者なのかを。
「ユキトとは、ニンジャなのですか?」
「なるほど、ニンジャか」
 上司が笑いをこらえているのが分かった。
「まぁ、似たようなものだな。気をつけ給えよ」
 そして通信は切れた。

 店内は酷い有様だった。
 虚ろな目と弛緩しきった身体を安っぽいソファに横たえた客などどこにも居なかった。
 ガタイの良いガードマンと思しき男や、どう考えても違法な拡張をしたような異形の者が転がっていた。ある者は壁を突き破り、ある者はソファを真っ二つに叩き折り、思い思いの姿で伸びていた。
 一体どんな事をすればこのような事になるのかとジェシカは不思議に思った。
 まるで竜巻でも通り過ぎたかのような惨状だった。
 店の一番奥まで進むと意味不明の恫喝が聞こえてきた。
 意識がある者がいる。自分以外にこの店の者を襲撃した者が居る。つまりユキトはまだこの店に居る。ジェシカは安堵した。
「そんなことはどうでもいいからさ。この男の居場所をさっさと喋ってくんないかな」
 先程聞こえた恫喝から比べると何とも呑気な口調が聞こえてくる。
「知らないなんてぇのはナシにしようか?」
 不意に怒号が店内を震わせた。次の瞬間、違法な拡張を施したごつい男が壁を突き破って飛んできた。
 ジェシカはそれをひょいと一歩後ろに下がってやり過ごす。
「さて、少しは話してみる気になったかなぁ?」
 崩れた壁の向こうからユキトが姿を現した。ジェシカを見て足を止める。
「おや?またお会いしましたね」
 どこまでトボケたおっさんだ。ジェシカはイライラしながら壁を突き破って飛んできた違法サイボーグを指差して言い放った。
「こんな真似して!!何をやっているんですか?!」
「何って……聞き込みを……」
 ユキトは苦笑をしながら頭を掻いている。
「こんなやり方してたら警察がすっ飛んできますよ?!」
「いや、まぁ、うん。来る前に逃げるから……」
 ジェシカは頭を抱えた。
「ここに転がっている被害者だけでなく、目撃者も山ほどいるでしょうに……。手配されますよ?」
「そりゃ、アンタ等がなんとかしてくれるんだろ?その為にアンタをオレに付けたんだろうし」
 こいつ。ダメだ。そう思ってジェシカは天を仰いだ。もっとも見えるのは空などではなく、ヒビの入った薄暗い天井だったが。
「……で、何か情報は掴めたんですか?」
「とりあえずは、な」
 ユキトは左手でメモリユニットを軽く振りながらニヤリと笑った。
「だから、あとはこいつからターゲットの居場所を聞き出してずらかるだけなんだよな」
「聞き出すって……伸びてますよ」
「……ありゃー。ホントだ」
 違法サイボーグは頭部ユニットから火花を散らして白目を剥いていた。
「手加減したはずなんだがなぁ。どうしようか?」
「アタシに聞かないでっ!!!」

 ユキトの事務所はネオン街からさほど離れていない場所にあった。
 雑居ビルの二階にあるその事務所の扉には「トウドウ・エージェンシー」という文字が書かれたプレートがぶら下がっていた。
「何の事務所なんだかさっぱり分からなくない?」
 ジェシカが扉の前で腕を組むと、ユキトはニヤリと笑って何も答えなかった。
 ユキトが鍵を開けると、あまり生活感のない空間が広がっていた。事務所らしいと言えば事務机の上に置かれた端末くらいなもので、あとは殺風景とも言えるほど何もなかった。
「ますます何をやってるのか分からないところね」
「だからこういう仕事が務まるのさ」
 ユキトはメモリーユニットを端末に挿し込んでモニターを立ち上げた。
「何か飲むか?」
 ユキトは奥のキッチンからペットボトルを取り出してそのまま口をつけて中身をがぶ飲みする。
「いらない」
 ジェシカは短く答えてモニターを食い入るように見つめている。
 やがてモニターはホワイトノイズを映し出しはじめる。
「映像?」
「らしいな」
 ペットボトルを片手にデスクの椅子に落ち着いたユキトは、キーボードを引き寄せ文字を打ち込み始める。
「暗号化されてる?」
 ジェシカはそう言いながらモニターを指差した。
「どうやらそうらしいな」
「解ける?」
「もちろん」
 静寂の中、ユキトがタイピングする音だけが響く。
 やがて、ユキトが息をつく。
「できた?」
「あぁ。さて、何が出てくるのやら」
 ユキトがエンターキーを派手に押し込んだ瞬間、モニターは像を結んだ。
 モニターに映し出されたのは満員御礼と言っていいほどの人。そして熱狂、怒声、野次。薄暗い空間の真ん中にリング。
「……試合?」
 ジェシカが目を細めながら訊く。
「こりゃぁ……地下闘技場ってやつだな」
「なるほど。ってぇことは?」
 ユキトがため息を付きながら答えた。
「ターゲットは地下闘技場の賭博で派手に負けてしまって、身元がバレたっていうパターンだろ?」
「なーるほどねー」
 ジェシカの声にも呆れてやってられないという響きが混じっていた。

ホワイトノイズ。
おい、ノイズを消せよ。何が見える?
リングの真ん中に立ってるヤツ。
あれは……アイツは……。
クソッタレ。まだ生きていやがったのか。
あの時の悪夢そのものだ。
ペットボトルがモニターにぶつかり、鈍い音を立てて床に転がった。

現代のエクステクノスにはいくつかの課題があります。
その最もたるものが「反応速度」です。
エクステクノスは人類に驚異的な頑丈さと筋力を与えてくれました。
しかし、脳神経と身体を繋ぐ神経系についてはまだまだ生身の人間には及びません。
この脳神経と身体の各神経を繋ぐ技術が確立し、人間の反応速度を超えた時、はじめて人類は新たなる段階へと進むことができるのです……。

やめとけって。アイツはヤバい。まともじゃねぇ。
いや、やる。
アイツは今までのヤツとは違うの分かってんだろ?
それでも、やる。
反応速度が尋常じゃねぇんだって。人のそれを上回ってやがる。
見りゃ分かるよ。そんなもん。
反応速度でもスピードでも馬力でも何一つ勝てる要素なんてねぇんだぞ?何故そこまでやる必要がある?
オレが大事にしてたもん、根こそぎ奪って行きやがったからだよ。

かつて中東と呼ばれたエリアのクレーターの中から見つかったこの物質は、地球上の物質とは異なる性質を持っております。
この「ヘギオス」と命名された物質により、新たなる神経系の可能性が見えて来ました……。

おい!大丈夫か?!おい!!
あぁ、生きてるよ。
マジックだよ!おめぇすげぇよ!あんなバケモノに勝っちまうなんて!!
まぁな。結構殴られたけどな。
流石に生きて帰ってくるとは思ってなかったぜ。
お陰様でいい男が台無しだよ。
ジャガ芋みたいなツラになってんな。
うるせーよ。

ホワイトノイズ。
うるせーよ。
ノイズを消せよ。
ノイズを消せよ!!

「やる必要なんてないんじゃないの?」
 ジェシカの声が肩越しから聞こえてきた。
「ターゲットは無事に救出したんだし、仕事としてはこれでオシマイなんでしょ?」
 またこんな会話か。ユキトは心の中でため息をついた。
「いや、やる」
 吐いて出てきた言葉が十二年前と全く同じセリフだった。苦笑する。
「何がおかしいのよ」
 ジェシカは憮然とした声を出し、いかにも不満気に肩でユキトの肩を突き飛ばした。
「アンタ、人の話を聞かないタイプでしょ」
「前にも言われた」
「知ってるわよ。そんなこと」
 ひっきりなしに鳴っていた銃声が途切れ始めた。
「さて、それじゃぁ行くか」
「死んだら絶対許さない!!」
 ジェシカが立ち上がり、地下闘技場のガードマンから奪ったサブマシンガンの弾を派手にバラ撒き始めた。

「『局』はどんだけ人員を投入したのやら」
 気づけば周囲には誰もいない。ユキトはたった一人で十二年前の悪夢と対峙していた。
 巨大な野太刀を構えた赤備えの鎧武者。つくづく趣味が悪いとユキトは思う。
 まるで二十世紀のゲームから現実世界に迷い込んだようなその姿は、滑稽ですらあった。
 今はそんな下らない事を考える余裕すらある。当然ながら、十二年前はそんな余裕はなかった。まさか、一対一の状況に持ち込めるとまでは思っていなかったが。
 神経を研ぎ澄ませ。
 生身の人間の反応速度はエクステクノスはおろか、ヘギオスすらも凌駕する。
 たぶん。
 神経を研ぎ澄ませ。
 前回は野太刀を奪い取るまでに時間がかかりすぎた。そのぶんスタミナを奪われ、掌握が不完全になった。
 組討ちへと持ち込まれ、手甲の拳で数発殴られた。
 そこからの記憶は途切れていた。
 神経を研ぎ澄ませ。
 両断された屍。護るべき愛しい女性の慙死。憤怒の虜となった自分。
 今はもう遠い昔の話。
 もう、やる必要なんてない。
 けれども、決着は付けなければいけない。
 命からがらもぎ取った勝負。あれが偶然ではなかった事を証明しなければならない。
 あの仇討ちが幻ではなかったのだと証明しなければならない。
 ノイズまみれの悪夢から抜け出す為にも。

 どうやったら無傷で勝てるのか。そればかりを考えて来た。
 どうやったら完全に勝てるのか。十二年間そればかりを考えてきた。
 どうやって勝ったのか覚えてなどいなかった。
 勝ったことは分かっていたが、どこにもそんな実感は存在しなかった。
 そんな悪夢を振り払う為に。
 幻ではないと自分に言い聞かせる為に。

 右足を一歩前へ。左足を蹴り足へ。腕に仕込んだ手甲で袈裟斬りを逸らす為に左腕は軽く斜めに構える。右腕は肘を軽く曲げて正中線で構える。
 すり足で間合いを測る。
 赤備えの甲冑は右肩に刀身を担いだ変形の八相の構え。こちらもジリジリと間合いを測る。
 チリチリと産毛がそそり立つ。尋常ではない圧を感じる。辛抱できずに飛び出しそうになる。だが、まだ僅かに間合いの外だ。
 …………。
 ここ。
 ノーモーションで蹴り足に力を込める。飛び上がるでもなく、真っ直ぐ赤備えの懐へ飛び込む。同時に右の拳を突き出す。
 赤備えが反応する。巨大な野太刀を右の袈裟斬りと見せかけて逆手に持ち替え、左下から切り上げる逆袈裟へ。速い。
 かかった。右脇ががら空きなのは誘いだ。
 左腕は既に自分の右の拳の下を潜り、赤備えの手首をつかもうと伸ばしている。躊躇なく飛び込んだ間合い潰しによって刀身は既に届かない。
 それでも赤備えの野太刀は柄で脇を突いて来た。
 その柄を握る赤備えの右手首をつかみ、そのままの勢いを殺さずにいなす。同時に右の肘で赤備えの手の甲を討ち、右脇で野太刀を絡め取る。
 浮いた赤備えの身体をうつ伏せに引き倒し、肩甲骨に自分の左膝を当てて赤備えの右腕を上に引き上げて片羽固めで極める。
 極めただけでなく、そのまま躊躇なく折る。
 赤備えはうめき声すらあげなかった。左腕の膂力だけで、体重を預けたユキトの身体ごと持ち上げようとしていた。
 何かがおかしい。そう思った瞬間、鉄槌の一撃が赤備えの頚椎に突き刺さった。
 顔をあげると、ジェシカが渾身の力で赤備えの頚椎に鉄槌を振り下ろしていた。
 ジェシカの一撃でヘギオスを破壊された機械人形は、一切の活動を止めた。

「ちょっと!どこいくのよ!」
 決着がついたその場を急ぎ足で去ろうとするユキトを慌ててジェシカが呼び止める。
 鉄槌によって粉砕された赤備え頸部に血が流れていないのを見て、ユキトの頭の中は混乱していた。
「帰る」
 決着はついた。だが今回も完全に勝ったとは言い難い。いや、前回よりも納得の行かない結果となってしまった。
 それどころか、自分が戦っていた相手が人ではなかったのだ。自分は一体何と戦っていたのだろうか?
 そんな思いがユキトの中で完全に行き場を失っていた。
「何怒ってんのよ?」
 ジェシカがユキトの肩をつかむ。ユキトは振り返って怒鳴った。
「お前の上司に言っとけ!地下闘技場の賭場にターゲットを仕込むなんて手の込んだ事やってんじゃねえよってな!!」
「あー。バレてましたか」
 ジェシカは気まずそうにユキトから目を逸した。
「十二年前のあの件を引きずってる事なんてのは、おめぇ等にはお見通しだろうしな!!」
「いや、ほんっとごめんなさい……」
 手を合わせてユキトを拝むジェシカ。しかし、あまり悪びれているようには見えない。
「おめぇに謝られたってしょうがねぇんだよ!!ヘギオスの流出なんてのが例え『局』の失態だったとしてもだ!」
「そこまでお見通しですか」
「しかも、何だよあれは!既に人体の拡張を飛び越えてんじゃねぇか!!」
 激昂するユキトの周囲を無言の男たちが銃を構えて取り囲んだ。
「何の真似だ?」
「ちゃんと説明しますんで、『局』まで同行して欲しいなー。なんてね?」
 ユキトは深々と溜め息を吐いた。
「ここで暴れてもいいんだがな?」
「あーっと、ごめんなさいごめんなさい。銃、降ろして。ほら、みんな降ろして」
 男たちが戸惑いながら銃を降ろした瞬間、ユキトは間近に居た局員の銃を奪い、発砲した。
「え?ちょっと!!」
 ジェシカをはじめ、局員達が床に伏せる。
 二秒ほど間が空いたが何も起きない。
 ジェシカが恐る恐る顔をあげてみると、ユキトの姿はどこにもなかった。
「えー……マジでニンジャかよぉ」
 ジェシカはぶーたれながら床の上で頬杖をつくしかなかった。
 
-了-

あとがき。
どうも。相変わらずの「締め切り前の魔術師」っぷりを発揮している上津です。
今回の締め切りは十一月二十日だそうで。
いま、このあとがきを書いているのが十一月十九日、午後十一時十分です。
ほんの数分前、このNoisereductionを書き上げました。
このNoisereduction、一行目を書き始めたのが十一月十八日でした。
あとはわかるな?わたしがなぜ締め切り前の魔術師と呼ばれているのかを。
閑話休題
前回さ。SHADOWLESSで「ネオン」っていう言葉使ったのですよ。冒頭のシーンで。
にも関わらずさ、今回の三題話のキーワードのひとつがですよ。「ネオン」なわけですよ。
ちょーっとちょとこれなくなくない?(ラップ風)
しかも「機械人形」て。ハードボイルドSF書けって言うてるようなもんじゃないっすか。
これはアレですか?逃げたら負けの挑戦状ですか?だったら受けたろやないかい。
とか意気込んでみたものの、実際に書き始めるまでは世界設定もストーリーも曖昧だったという。
あまりにも長くなりそうだったんでシーン構成をフラッシュバック風にして諸々略してみたという。
だいたいそんな感じの作品です。

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Speedpassにしてみた

おひさしぶしでござます。

なんやかやでバタバタしてて、すっかりblogも放置してました。

さて、今回の内容はというと、ESSO ExpressのSpeedpassのお話。

車やバイクに乗らない人には全く何のことやら分からないかもしれません。
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実は先週、以前から欲しかったSpeedpassを導入したわけです。

非接触式キーホルダー型の決済サービス、Speedpass。

何が便利って、財布をガサゴソと取り出す必要がない!

 

非接触式のクレカでもええやん?って話は確かにあります。

しかし、バイク乗りにとっては、クレカも財布に入ってるやん!しかも、財布はカバンの中やん!という事が多々あるわけです。

特に雨の日とかは大変です。カッパ着てるし!財布出てこねーし!!

 

そんな訳で、キーホルダータイプの非接触式決済サービスはめちゃくちゃ便利ではなかろうかと。

そう思って登録しました。

ガソリンスタンドのおいちゃんがiPadで頑張って登録してくれました。

何が苦労したかって、運転免許証の顔写真の顔認証が蛍光灯の照り返しで認識してくんなくてですねw

なんやかんやで15分くらいかかったんじゃないですかねw

 

で、「これも一緒に使うと更に安くなりますよ」と手渡されたのがコチラ。
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メールバーコードカード。

……。

…………。

財布出さずに済むメリットが吹っ飛んだわwww

 

まぁ、いいや。

で、肝心のSpeedpassなわけですが、これがもー快適ったらありゃしない。
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ピコン!と一発で認識。

あとは給油するだけ。

釣り銭の面倒もない。

いやぁ、これは便利ですわー。

 

実は昭和シェル石油にも似たようなサービスがあって、Shell Easy Payというやつですね。

これもキーホルダー型のものがあります。

こちらは2012年からサービスを開始したんすけど、なかなか対応してるガソリンスタンドがなくて導入するかどうか迷ってたわけです。

 で、Esso ExpressがSpeedpassを展開してる事につい最近気付きまして、登録したという次第。

それでも我が家の近所はほぼENEOSの占領下にあり、最寄りのEsso Expressは3kmくらい離れてるんですけどね!w

 

明日のソウルアノマリーの出撃のために先程ガソリンスタンドに行って給油してきました。

そしたら、何か当たったよ!!
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城島高原かー。

先程家族に取り上げられましたw 

SHADOWLESS

昼間の色街は何故か白茶けて見える。
わたしは、そんな誰かのセリフを思い浮かべながら狭い路地を歩いていた。
前にはターゲット。
視界の悪いごちゃごちゃした街では、1つ交差点を挟むだけでターゲットを見失いそうになる。
周囲には誰もいない。あまり近づき過ぎると勘付かれる可能性が増し、あまり離れすぎると見失う。
そのギリギリの境界線で、何もないふりをしながら後をつけていく。
色街特有の下着だか水着だか分からないような服を来た看板の中の美女が、どこか白けたような表情で陽の当たる道を見下ろしている。
夜ともなると、ネオンが輝き出してさぞかし綺羅びやかな景観が現出するのだろう。道端に棄てられたタバコの吸い殻や、転がったゴミバケツを闇の中に抱えながら。
夜は闇を生む。闇は影を囲い込み、都合の悪いものを視界から包み隠す。
その中で蠢くモノは、明滅するネオンに紛れて身を潜める場所を確保し、安息を得るのだ。
そんな止めどもない事を考えながら、ふらふらと影に紛れそうになる男の後ろをついて行く。
薄汚れた背中が路地の角を曲がる。小走りに角まで急ぎ、男の姿を確認する。
男は店へと入っていくところだった。ドアへと吸い込まれていく。
店の入り口の前に立つ。
この入り口から入って裏口へと抜けるのか?それとも、尾行に気づいてこの店の中で待ち伏せでもしようというのか?この店の店主も仲間なのだろうか?
不安を振り払う。ここで見失うわけにはいかない。

強烈な初夏の陽射しと比較して店内は薄暗く、目が慣れるのに暫くの時間を要した。
今時のチェーン店とは違い、落ち着いたというよりもかなり古ぼけた内装の喫茶店だった。
カウンターの中には、この喫茶店に似つかわしく古ぼけたマスターが白いカップを磨いていた。
「いらっしゃい」
一瞥をくれたマスターは中途半端な時間帯の来客に驚きもせず、ただ静かにありきたりな言葉を紡いだ。
わたしは薄闇に目が慣れるのを待ってカウンターに座る。
「何に致しましょう?」
マスターがお冷やとお絞りをカウンター越しに差し出す。
わたしはメニュースタンドに立ててあるメニューを手に取った。
ざっとメニューに目を通す。特段面白そうなメニューがあるわけでもない。
アイスコーヒーでも飲むか。
マスターに声をかけようとして、彼の胸元にあるパールホワイトに輝くネームプレートが目に入った。
流麗な筆記体のアルファベットでKobaruと書いてある。
漢字で表記するならば、恐らく「小原」か。
わたしの視線に気づいたのか、マスターが自分のネームプレートに目を遣る。
「あぁ、これですか?」
胸のプレートを左手の親指でさして笑う。
わたしは曖昧に笑みを返した。
「よく珍しいって言われますね。普通はコバルとは読みませんから」
客に対する話のツカミとしては最適だと言えるだろう。熟練の喫茶店のマスターだ。話に引き込む手腕はそれなりに持っている筈だ。
「なるほど。普通はオハラとかコハラとか読む感じですかね?」
わたしはそんなマスターの話に乗ることにした。
「そうです。その漢字です」
「今のは、感覚の感じと文字の漢字をひっかけた?」
マスターが満面の笑みを浮かべる。
「そんな感じです」
わたし達は声をあげて笑った。
ガランとした中で二人の笑い声が響く。
「すみません、アイスコーヒーを」
「はい。畏まりました」
マスターは丁寧にお辞儀をした。
他に客は居ないようだった。

なぜだ?この店に裏口や勝手口といったものはなかった。
店は半地下のような構造になっており、トイレの窓だけは換気のためにあるものの、それもかなり小さく人が通れるような代物ではなかった。
だとすると、あの男は隠れている。この店内のどこかに。
店主が匿っている可能性はある。そしてもちろん、あの男がトイレに行くふりをして隠れているだけという可能性もある。店主は無関係なのかもしれない。
ざっと考えを巡らせる。店主も仲間だという可能性を考慮に入れた行動をしなければならない。
まずはトイレに隠れているかどうかの確認だ。トイレに隠れていたならば店主が介入して来るのに少しばかりのタイムラグがある。それを利用して2対1の不利を覆さなければならない。
もし、トイレにも居なかったとしたら?
トイレの他に店主の注意を引かずに隠れる事ができそうな場所はない。つまり、あの男がトイレに隠れていなかった場合、この店の店主があの男を匿うというケース以外に考えられない。だとすればこの店主もあの男の仲間だということになる。
二人を相手にして勝てるのか?わたしはショルダーホルスターに吊るしてあるグロック30の重みを確かめる。この愛銃に全てが掛かっている。
わたしは不安を押し殺して立ち上がった。
「お手洗いは……」
何気なく装う。
「あぁ、お手洗いは……えーと」
店主が言い澱む。
何だ?なぜ言い澱む?あの男が隠れている?トイレは既に塞がっていると言いたいのか?あの男が入っていったのを見たのか?店主はあの男の仲間ではない?
「あちらです」
主人が店の奥を掌で指した。
トイレには誰もいないのか。なぜ言い澱んだ?
わたしは不自然にならないよう、用心深く店主の表情を伺いながら頷いた。
店主の表情は、穏やかな微笑みに戻っていた。店全体の暗さと間接照明が絶妙な陰影を生み、デスマスクを彷彿とさせた。

席に戻ると、マスターがにこやかにお絞りを差し出してきた。
「ありがとう」
わたしは席に座り、おしぼりを受け取って手を拭う。
トイレには誰も居なかった。
薄暗い間接照明を多用した店内とは打って変わって、トイレは暖色系の明かりに包まれていた。決して広くはない店内のせいか男女共用のトイレだった。隅々まで調べても1分とかからない。待ち伏せもなかった。誰も居なかった。
「アイスコーヒー、お待たせしました」
グラスに水滴を纏わせたアイスコーヒーが出て来る。
「ありがとう」
わたしは軽く会釈してシロップを手に取る。冷えたコーヒーに流し込む。
このコーヒーに毒物が盛られているということはないだろうか?
疑心暗鬼が頭をもたげてくる。
このアイスコーヒーを飲んだ瞬間昏倒し、拘束されるということはないだろうか?
いや、即死というケースも有り得るのか。
空になったシロップケースを持つ手が震えているのが分かった。
拙い。この動揺をマスターに知られるのは拙い。
慌ててシロップケースをカウンターに置き、ストローを包みから取り出してアイスコーヒーに突き立てた。
軽くグラスを持ち上げ、アイスコーヒーを口内に含む。特に変わった味はしない。そのまま嚥下する。
異常はない。
安堵で全身の力が抜けそうになる。
今の一連の行動はおかしくはなかっただろうか?この店のマスターが無関係だろうと敵だろうと、どちらにしてもわたしの挙動に疑いを持たれるのは拙い。
おそおそるカウンター越しの視線を確かめる。マスターが無表情にわたしを見つめていた。その無表情が緩む。
「いかがですか?」
完璧な笑顔。
「美味しいです」
わたしの浮かべた笑みはさぞかしぎこちないものだっただろう。

店主の視線に耐えられなくなったわたしは、話題を探すためにメニューを開いた。夜は居酒屋でもやっているのだろうか?様々な料理がメニューに書かれてある。
「こういうツマミみたいなものは、何時から?」
「今からでも出来ますよ」
店主はカウンターの向こうから気さくに答えた。
あの男の行方をこの店主に聞くべきかどうか?
店主は何と答えるだろう?
店主があの男と仲間だった場合、店主は何と答えるだろうか?おそらく「そんな男は来ていない」と答えるだろう。
店主があの男と無関係だった場合、店主は何と答えるだろうか?おそらく「そんな男は来ていない」と答えるだろう。
どちらにしても「そんな男はこの店には来ていない」のか。
店主の表情から何らかの情報を得る為に聞くべきなのか?それとも聞いても無駄なのか?それとも隙を見てカウンターへと飛び込み、銃を突きつけるべきか?
いずれにしろ、店主の隙を作らなければならない。調理をしている間というのは隙を突きやすいのではないか?
メニューを繰る。そこにおかしな料理を見つけた。
「醤油田楽?」
「珍しいでしょう?田楽って普通は味噌じゃないですか」
「味噌じゃない田楽って、郷土芸能の田楽しか思いつかないですよ」
わたしがそう答えると店主は声をあげて笑った。
「基本は味噌田楽と同じです。厚揚げやこんにゃくを串で刺して焼く。それは変わりません。ただ、つけるのが味噌じゃなくて醤油ベースのタレなんですよ」
「なるほど」
「一皿お作りしましょうか?」
「じゃぁ、お願いします」
「はい」

カウンター越しに見える調理場のマスターは隙だらけだった。
このままどこかに隠れるべきなのか?店内を見回す。カウンターの向こうくらいにしか隠れる場所はない。
わたしを追っている男はどこに行ったのだろうか?諦めたのだろうか?いや、そんな事はないだろう。他に出入り口がないことを確認した上で正面の出入り口あたりに張り付いているのだろうか?それとも応援を呼びにいったのだろうか?
尾行に気付いたのは2時間前。なぜ追われているかはよく分からない。
この店のマスターには悪いが、あの男がこの店に乗り込んできたら銃撃戦になるだろう。
その前にマスターを拘束し、安全な場所に転がしておくというのも悪くないかもしれない。

カウンター越しに見える調理場の店主は隙だらけだった。
あの男はどこに隠れているのか?店内を見回す。カウンターの向こうくらいにしか隠れる場所はない。
店主の隙だらけの背中。あの男の仲間だとは思えない。だとするならば、この店に入っていった男はどこに行ったのか?本当にこの店には来ていないのか?いや、そんな事はないだろう。この目でこの店の扉を潜ったのは確認したのだ。
あの男をようやく見つけ出して2時間尾行を続けてきた。奪われたものを取り戻さなければならない。
ひょっとして、この店主はあの男に脅されて普通に接客をしているだけなのか?
それにしては怯えた素振りもない。それとも金で買収でもされたのだろうか?

あの男はここには来ないのだろうか?
あの男はここには居ないのだろうか?

「お待たせしました。醤油田楽です」
マスターが皿を運んできた。
わたしはいつこんなものを頼んだのだろうか?
そもそも、ここは喫茶店ではなかったのか?なぜこんな料理が運ばれてくるのだろうか?
改めて店内を見渡す。
入り口付近の壁に古い映画のポスターらしきものが貼ってあった。
暗い部屋に入ろうとしている男を部屋の中から描いたイラストで、開けたドアから外の照明が差し込み、男をシルエットだけの存在にしている。「脱出口」の照明標識を逆の構図にしたような簡単なものだが、よく見てみると部屋に差し込む明かりの中に部屋に入ろうとしている男の影がない。
ポスターの下の暗闇の中には走り書きのような字体で「SHADOWLESS」と描かれてあった。
影無し。
「影のない男という話をご存知ですか?」
マスターが話しかけてきた。わたしの視線がポスターで止まっていることに気付いたのだろう。
「……いえ」
「1814年に刊行されたアーデルベルト・フォン・シャミッソーの中編小説に『ペーター・シュレミールの不思議な物語』というものがありましてね……」
わたしはポスターから目を離せない。店主の声が耳から脳へと入り込んでくる。
「ポケットの中からなんでも取り出せる上着と、自分の影を交換した男の話でしてね。まぁ、中世の話にありがちなものなんですが、この上着の持ち主である灰色の男というのが悪魔なんですよ……」
能力の取得。それに対する代償。影のない男。灰色の男。
偶然か?この店にこんなポスターが貼られてあるのは偶然なのだろうか?
寒い。急激に体温を奪われている気がする。いや、これは血の気が引いているのか。
「お客さん、顔が真っ青ですけど、大丈夫ですか?」
マスターがわたしの顔を覗き込んでいる。
「……だ、大丈夫です」
わたしは息苦しくなった喉を潤すために、アイスコーヒーを流し込んだ。
仕組まれているのか?仕組んだのは誰だ?灰色の男か?
そう、だからわたしは灰色の男を追っているのではないか。

「ご存知ですか?世界は田楽のようなものだっていうのを」
世界が田楽?何だ?何の話だ?
店主がいつの間にかわたしの目の前にあった皿の上の醤油田楽を手に取っていた。
「この厚揚げやこんにゃくがひとつの世界です。これらは形が似てはいるものの、決して交わることのない世界です」
「……それは、つまりパラレル・ワールドの話ですか?」
「はい、イメージとしてはあっています」
店主がにこやかに話の続きをしはじめる。
「しかし、決して交わることのない世界でも、お互いの軸がずれないようになっている。それを固定しているのがこの串です」
「なぜズレないのだと分かるのですか?」
「簡単な事ですよ。わたしがそれらの世界を見通せているからです」
何だ?平行世界を見通す存在?そんな者が居る筈もない。
「わたし自身がこの串という存在そのものなのです」
平行世界を固定するアンカー。
そいつは人間ではない。
能力の取得。それに対する代償。影のない男。灰色の男。悪魔。

わたしは人間ではない者を追っていたのか。
わたしは人間ではない者に追われていたのか。

「いいえ、違いますよ」
声が響いた。

「あなたが追っているのは、あなたの影です」
「あなたを追っているのは、あなたの影です」


あとがき。
難産でした。
自分の中の才能が枯渇したんじゃないかって思えるくらいに難産でした。
原因は分かっています。クライマックスシーンのイメージすら思い浮かばないまま書き始めてしまったから。
というよりも、むしろ冒頭のシーンだけしかイメージしてなかったという。
その後、なりゆきに任せるままに物語は二転三転し、パズルのピースが埋まらないままに6月を迎えました。
パラレル・ワールドの話になったのが4日前。ペーター・シュレミールという最後のピースに辿り着いたのが、このあとがきを書いているほんの5時間前でした。
その上よせばいいのに一人称のミスリードまで考えついて、試しにやってみたら筆が進まない進まない……。
気がついたら「誰がためのアルケミスト」でやってたFFXVコラボのプロンプトがレベルキャップまで達してました。
そんなわけで、実験的ではあるものの完璧には程遠い作品が出来上がりました。
いやぁ、タクティス型のシミュレーションゲームってホント恐ろしい。

2016/06/15記

 

創作集団スターボー

三題話共作・第29集

2017年夏コミ頒布「水着三題話2」寄稿作品

呉とびしま Mission Day - 第二部「Mission Dayに潜む魔物-呉市」

前回までのあらすじ

ひょんな事から、ニッポンレンタカースペシャルイベントカードをデザインする事になり、Mission Day呉とびしまに縁ができてしまったかじぃは、逡巡の末に125ccのスクーターで弾丸ツアーを決心した。

夜半前に福岡は大野城市を出発し、山口県下関市防府市のひたすら真っすぐですこぶる走りやすく、眠くなりやすい道に悩まされながらも、AM7:00には往路をなんとか踏破することに成功したかじぃを待ち受けていたものとは……。

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呉とびしま Mission Day - 第一部「とびしまの呼び声」

ニッポンレンタカースペシャルカードのデザインを請けたことにより、本来ならば行くつもりのなかった呉とびしまMission Dayに妙な縁ができてしまった。

呉とびしまMission Dayに参加したら、今回ニッポンレンタカーの代理人を務めたakkyさんやらDragon Japanに会って、直接スペシャルカードを受け取れるんじゃなかろうか?

Dragon Japanにデザインのギャラとしてなんかうまいもんをたかるというのもいい。なにしろ次はいつ会えるとも分からぬ身である。たかれる時にたかっておいた方がいいに決まっている。

呉のニッポンレンタカーに寄って、受付のオネーサンとカードを指差して2ショットの記念写真を撮るのもいい。

125ccのスクーターでどれくらいの弾丸ツアーが可能なのか検証するのもいい。

ニッポンレンタカースペシャルカードを作った勢いで作った「バイオカードTシャツ」のお披露目でどれだけウケるかを検証しに行ってもいい。

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これがそのTシャツデザイン。もりしろ画伯によるイラストが表面

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裏面は自分のアイコンを中心にちょっとかっこよく。

 

 

そんなわけで「なんだ。行く理由が結構あるじゃないか」と思ってしまったのが運の尽き。次第に昂ぶる行きたい熱。

 いやいやいやいや、ちょっと待て。オレ、落ち着けちょっと待て。

とびしまってどこだ?広島なのは知っている。広島のどこだ?福岡から何キロあるんだ?問題はそこだろう?

125ccのバイクなので高速道路を使うのは不可。果たして下道で何時間かかるのか?問題はそこなのだ。

こういう時にGoogle Mapは役に立たない。なにしろ、125ccが通れる有料道路を把握していないのだ。つまりGoogle Mapは完全に車しか想定していないわけだ。

そして出て来るのがバイク専用ナビアプリ「Naviro」。こいつは便利だ。自分のバイクの排気量を選ぶことによってルートを自動選択してくれるのだ。

Naviroを起動する。……起動…起動しない?!

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無情にも表示されている「サービス終了のお知らせ」。

なんですとぉーーーー?!

またひとつ優秀なアプリが姿を消してしまっていた。。。

泣く泣くYahoo!ナビを立ち上げて検索。目的地はMission Day会場であるとびしまの大津泊公園。

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自宅から325km……約6時間。遠いなおい!w

しかし、これが400kmOverなら諦めもつく。何しろ、愛車の満タン無給油航続距離が340km前後なのだ。夜中に出て早朝についても現場付近で給油すれば何の問題もない。はず。

そんな悩みを抱えながらHangOutを見てみると、博多のMission Day勢が弾丸ツアーを企画していた。7人乗りの車で夜通し走り、午前中にはMissionを制覇して昼飯を食って帰るというツアーだ。

一瞬そちらに便乗しようとも思ったが、Dragon Japanに奢ってもらう想定なのだから単独行動が取れないのはきついと判断し、やはりバイクで行くことを決心する。

そしていつの間にか「行くことになっている」自分に恐怖することになったのだった。

 

そしてDragon Japanは呉とびしまMission Dayにスタッフとして現地入りするが、akkyさんは諸々の事情で現地にいないという情報がもたらされる。更に言えば、ニッポンレンタカースペシャルカードはakkyさんが直でニッポンレンタカーに送っており、Mission Dayの会場には届かない事が判明。

この時点で「行く理由」が半減したものの、心の中で勝手に盛り上がっている「呉とびしまMission Day行きたいぞ熱」は冷めはしなかったのである。困ったことに。

 

そして迎える7/22(Fri)。弾丸ツアー出発の日である。当然この日も仕事。

勤務を終えて一旦帰宅。シャワーを浴びて準備してから日が変わる前に出発。

3号線を通らずに宇美町から飯塚市に抜けるしょうけ越えを使う。絶滅したかと思われてた走り屋の人達に紛れて峠を越えて飯塚市に出て、そこから北九州へと向かう。

目下の目標は関門トンネル。ここまではノンストップで行きたい。

23日にちょっと入った頃に関門トンネルを通過。やけに暑い。

メッシュのライダーズジャケットにドライTシャツという服装なので、風を受けている限りはそこまで暑くない筈なのだが。スマホの気温を見てみると33℃。暑すぎるわwww

下関市に入る。道、まっすぐ。車少ない。周囲真っ暗。やっぱり眠いwwww

普段は寝ている時間だから当たり前といえば当たり前だけど、なんという規則正しい体内リズムwww

Bluetoothインカムにちょこっと音楽を乗せてなんとか乗り切る。

AM3:00頃、宇部市あたり。ちょっときつくなってきたのでセブンイレブンで休憩を入れてアイスカフェラテを飲む。やっぱりLAWSONのアイスカフェラテの方が美味いんじゃね?とか思いながらタバコを1本ふかしてから再び2号線で東へ向かう。

途中、周南の夜景がやけにキレイだったので、写真を撮ろうかとも思うがバイパスな感じでバイクを止める場所がない。仕方なくスルー。

そして国道2号線は内陸に入り込み、ひたすら退屈な道が続く。

AM5:30頃、夜がしらじらと明け始め、国道2号線は岩国で海岸線に出る。

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夜が明けるのを眺めながら宮島をスルーし、朝の広島市を駆け抜ける。

呉市に到着したのはAM7:00頃だったろうか。

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とりあえず無事についてほっと一息。

だがしかし、ここからも問題が山積みだ。

何しろMission Dayの下調べなどほとんどしていなかったのだから。

当然、呉市にやってくるのも初めてという状態。

おまけにMission DayでまともにMissionをしたことがないだけでなく、普通のMissionですら2つしかクリアしていないのだ。

とりあえず呉中通り病院の駐輪場に愛車をつけ、缶コーヒーを飲みながらMissionがどのあたりにあるかを調べる事から始めなければならなかったのである。

 

第二部へ続く。

呉とびしま Mission Day - 前章 - ニッポンレンタカースペシャルカード

7/3(Mon)、突然Dragon JapanからHang Outの直メッセージで連絡が入った。これがすべての始まりだったと言っても過言ではないだろう。

Dragon Japan

現在、ぼくはMD呉とびしまのお手伝いをさせていただいているのですが、そこでニッポンレンタカーの支援を得ることができました。

ニッポンレンタカーをIngress割りして、利用者に期間限定で割引が有効になるBIOカードの製作をしていただけることになりました。

そこで、BIOカードのデザインをぜひKazzyさんにお願いできないものかと相談に伺った次第です。
ニッポンレンタカー様では、BIOカード制作における費用は捻出していただけるのですが、デザイン関係については難しいようです。(予算的に)

お忙しいところ恐縮ではございますが、ご検討のほど何卒よろしくお願いします。

まんまコピペさせてもらった。ちゃんとした依頼文である。隠すべきところはひとつもない。親しき仲にも礼儀あり。伊達に年中スーツで日本中を飛び回っているわけではない。

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