White Noiz

諸々。

Deeper - 1

その朝、オレはとてつもない二日酔いで眼を覚ました。 いつものオレの部屋。いつもの日差し。いつもの時間。だがオレの頭の中では巨大なドラが重々しく鳴り響いていた。 「ちくしょ……」 悪態をつきながらベッドから身を起こす。 「おはよう」 オレの隣でやけにセクシーな肢体をくねらせながら、とびっきりの美女が朝の挨拶をしてきた。 身長160cm。年の頃は24〜26といったところか。黒髪のショートボブはやや寝乱れた風。ブラウンの瞳。勝ち気さを示すかのようにやや上がり気味の眼尻。やや低めだが真っ直ぐに伸びた鼻梁。顎のラインは女性らしい膨よかさを残しながらもシャープさをアピールしている。朝日に透けて見えるうなじと陰を作る鎖骨の陰。そして、ベージュのシーツの下に隠された肢体は上から86、62、90と見た。 オレは思わず呟いた。 「わーお」 いや、待て。そうじゃないだろ、オレ。それ以前の問題がここにこうやって厳然たる事実を以って横たわっているだろう。そう、まるでこの美女のように。 「……お前誰だ」 目の前の美女が艶然と微笑みながらこう言った。 「仮免、合格?」

仮免?何の仮免だろう? 普通、一番に思いつくのは車の仮免だろう。だが、なぜオレが見ず知らずの女に車の免許を交付しなければならないのか?そういう意味ではこの車の仮免というのアイディアは大方ハズしていると考えていいだろう。では何の仮免なのだろうか? キッチンではコポコポと音を立ててコーヒーが沸いている。さきほど一緒に寝ていた美女が鼻歌混じりにサラダを作っている。 白いだぼだぼのオレのワイシャツから、美しい脚がにょきっと出ている。その上からどこから持ってきたのかよくわからないオフホワイトなエプロンをつけている。仮免について思いを馳せるのを辞め、そんな女の後ろ姿を眺めながらオレは思った。 なんてベタな展開なんだろう……。まるで80年代のスラップスティック・コメディの類だ。 「コーヒーはブラック?」 少しばかりハスキーな声が響く。 「あぁ、うん」 なんとも間の抜けた返事だ。どう考えてもあちらのペースに飲まれている。オレはまだこの美女が誰なのかも分からないし、先ほど彼女が呟いた「仮免」の意味も見当がついていないというのに。 愛用のステンレスのマグカップに7割くらい満たされたブラックコーヒー。良くわかっている。何者だ。この美女は。 コーヒーと一緒にテーブルの上に差し出されたのは、やや深めの皿に入ったサラダにコンソメスープ、そしてシリアル。一人暮らしなオレのいつもの朝食と一点を除いて変わらない。唯一の変更点であるサラダは、これまたオレの好みを知っているかのようにサウザンドドレッシングがかかっている。 「で、何の用だ?」 オレはスプーンを手に取り、スープにとりかかる。本題にいきなり斬り込む時には何気ない風を装うのがコツだ。 「昨夜、一緒に居たくせに『何の用だ』っていうのはあんまりじゃない?」 美女は自分のスープをカップに注ぎながら、こちらを見もせずに言う。クスリと笑った風に聞こえたが、確かに朝の状況を考えてみれば、オレの台詞は無粋の極みだろう。そうは思うものの、昨晩の記憶が欠片もないのだから仕方がないのだが。 「いや、まぁ……」 などと、適当に言葉を濁してしまいそうになる。 だが、待てよ。この会話の流れではこの美女の正体が全く分からないままだ。上手くはぐらかされている可能性だってあり得るのだ。上手くはぐらかされたまま手探りの会話をいつまで続けなければならんのだ? そう考えて、既に相手の術中にあるのではないかと背筋が薄ら寒くなる。 この女、何者だ。 オレは静かにスープカップをテーブルの上に置くと、現状を確認した。 何の変哲もない朝の風景。いつもの部屋にいつものような二日酔い。そして、いつものような朝食。唯一、彼女の存在を除いては。 サラダを手に取り、フォークを右手に持つ。ひと口、レタスの欠片をフォークで刺し、口の中に放り込む。サウザンドドレッシングの酸味が二日酔いでドロドロになった口の中に爽やかに広がる。うむ。美味い。 フォークをテーブルの手前側に置き、左腕でさりげなく隠しながらコーヒーカップに手を伸ばす。左手の中指と薬指でテーブルの上に置いたフォークの柄を挟み、スウェットの袖の中へ……。 「はい、そこまで」 薄い笑いをたたえて美女が右腕を突き出していた。その右腕の掌には無骨な金属の塊が握られている。 シグ・ザウアーP229EE。 ドイツのシグ社が作った名銃P226を小型化し、扱い易くしたP228から、更にグリップやトリガー等を変更し、コンバットシューティング用にカスタマイズされたハンドガンだ。 そんなハンドガンが「下着にワイシャツだけ」というセクシーな格好のどこに持っていたのかと疑いたくなるような鮮やかさで突き出されていた。