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White Noiz

諸々。

Deeper - 4

「お邪魔しまぁす」
腕を鳴らしながら部屋の中に入るとゲジゲジの姿が見えない。どこいった?
「このクソシロクマゴリラが……覚えていなさいよ」
誰も入居していない部屋の片隅からゲジゲジの声が聞こえる。匂いもそこにいる。が、姿は見えない。なるほど。新型の迷彩か何かか。
「シロクマじゃぁねぇつってんだろうが」
確かな匂いを手がかりに移動し続けるゲジゲジの腹を蹴り上げる。
「ぐぼぁっ?!」
胃液を吐きながらゲジゲジが姿を現してのたうち回る。吐く胃液はあるんだな。などと感心する。こいつ人間だったのか。なんだかちっとも人間だと思っていなかった自分に気づいて苦笑する。右肩についている物々しい軽機関銃を掴み、捻って毟り取る。
「これでもなぁ、ちゃんと狗神の血を引いてんだよ」
のたうち回っている背中を右足て踏みつけ、逆立っている金髪を掴んで顔をこちらに向かせて睨む。
「ひ、ひぎぃっ!!」
ゲジゲジが腰の後ろに収まっていた刃渡り20センチほどのナイフを引き抜くとオレの脚を払いに来た。意外にもまだまだ元気だ。
刃を避けようとして脚をあげた瞬間、ゲジゲジは車輪に全駆動をかけて逃走を図る。こうなってくると、ゲジゲジではなくてゴキブリみたいだな。
破壊された窓枠でゴキブリを串刺しにしてやろうか。
窓枠の邪魔な部分を取り除き、投げつけようとした瞬間、女の声が耳朶を打った。
「逃げられるわけないじゃない」
その声は、ゴキブリに向けられたものなのか、オレに向けられたものなのか、それとも自分自身への……。
「この街の中のいたる所にあたしの目があるんだから」
窓の外。隣のマンションの屋上。振り返る。
振り返った先に、朝の爽やかな空を背景に、灰色の墓標と化した高層マンションがあった。その高層マンションのすべての部屋の窓に写る眼。チリチリと音を立てて体毛が逆立って行く。
なんだ……あれは。
「さよなら」
そして、銃声。
床に這いつくばったまま動かなくなったゴキブリ。
その瞬間、オレは思い出していた。
盲目の狙撃手。
8年前。
壊滅した特殊部隊。
生き残りはオレだけではなかったのか。
死と同時に歪んだ遺伝子を呼び起こすクスリ。
DEEPER。
すべての窓から覗く瞳。
すべての障子の格子の中から覗く瞳。
『目目連』
「ようやく思い出してくれました?隊長?」
気が付くと女が立っていた。
「あぁ。お前、眼は……」
「DEEPERから逃げ切ったら視力が戻ったんですよ。顔ももちろん整形で」
「そうか……オレだけじゃなかったのか」
思わず零れた溜息は、安堵か陰鬱か。
女は軽く微笑むと破壊された窓から空を見上げた。
「整形でも美人に言い寄られると悪い気はしないでしょ?」
思わず笑みが溢れる。
「しかし、この騒ぎは一体何だ……」
「あのゴキブリは新型のDEEPERってとこかなぁ」
「新型?」
「そ。先祖返りの確率があまりにも悪すぎるから、人工で作っちゃえって」
「人工でオレたちみたいなのを作ろうってのか?」
「そういう勢力がいるの」
軍?政府?いずれにしてもきな臭い話だ。
「お前は?」
「アタシは、さっきので分かったと思うけど、オリジナルの方」
「目目連か」
「隊長は狗神ね」
「あぁ、そうだ」
DEEPERの副作用をくぐり抜けて生き延びた者に与えられた「先祖返り」。
どうやら日本人というのは、混じりっ気なしの「人間」だけではなく、少数ではあるが「物の怪」も自覚もなしに人間として生活していたらしい。
その末裔がDEEPERによる覚醒という副作用を乗り越えると、先祖が本来持っていた「兵器」としての能力を取り戻す事ができるらしい。
狗神は強靭な身体と驚異的な身体能力。目目連は索敵と狙撃精密度。
これが先の紛争で日本が圧倒的な量を誇る連合軍を退けた奥の手だった。
「で、連中がオレを狙う理由は?」
「ロストナンバー……って言ったらカッコいいけど、初期に覚醒しちゃって軍側で捕捉できなかった野良のDEEPERを切り刻んで、新型DEEPERの為のモルモットにしようってさ」
「で、レギュラーナンバーであるDEEPERのお前が出張って来たってわけか」
「そーゆーことね」
折角息を潜めて地味に生きてきたのに、その苦労が一日にして泡と消えたらしい。
「で、お前が属する側にオレがモルモットにされないという保証は?」
「……隊長、アタシ、仮免どうです?」
仮免……?仮免ってなんだ?
「あー、隊長、完全に忘れてるなぁ……」
溜息をついてふくれっ面になる。
「大人になったら彼女にしてやるって約束したじゃぁないですかー。もー」
あー……。そんな事、言ったっけ。
「8年前っ!まだ早すぎるからまずは仮免合格目指せ!ってアタシに説教したの誰よーっ!もーっ!」
「あー……。えー……」
「いいもん、忘れられたって気にしないもん。さ、昨夜の続きしましょーっ!アタシ血を見るとちょっと興奮しちゃうんだよねー」
「いや待て。ちょっと待て」
オレの部屋はボロボロだぞ?と思ったが、そういう問題でもないような……。
いや、待てよ。何か大事なことをはぐらかされてるような……オレの身柄の保証……。
あっ!
「オレを説得できる気がしないからハニーポットかよ!!」
「あ、ヤバい。バレちゃった」
「ふざけんな!逃げてやる!」
「あーっ!ちょっと待った。待ってーっ!隊長ーっ!」