White Noiz

諸々。

棺の中の花嫁

「ちょっと、コレ、どういうことなの?」
 チャーリーが毒づいた。
 オレも同じ感想だ。
「ねぇ?どういうこと?」
 どうやらチャーリーの独り言じゃないらしい。オレに聞いてきた。
「オレに聞くなよ」
 ビジョンが見えた。その直後の襲撃だった。
 背後の岩に着弾した弾丸が耳障りな音をたてた。
「ターリバーンの残党じゃないよね?」
 チャーリーが岩越しに洞窟の入口の近くを覗こうと顔を上げる。途端にフルオートの一斉射撃。
「んー、射撃音はAK-47かなー」
 エコーが中空を見上げながら銃声で敵の装備を言い当てる。お前の聴覚はどうなっとるんだ。一体。
「そんなもん、ターリバーンだけじゃなくって現地の自警団だってAK-47使ってるよ」
「正確にはAKMSUだけどな」
「いや、確かにAKMSUはこの近辺で製造されてるけどさー」
 チャーリーとエコーのどうでもいい言い合いが始まってしまった。軽く頭痛を覚える。
「おまぃら、もちーっと状況を考えろよ」
 軽くツッコミを入れる。
「エコー、索敵」
「こちらエコー。洞窟の入口の陰に4人、洞窟の手前2mの塹壕に4人。洞窟入口の上方5m岩陰に2人。獲物は全員AK-47」
 発砲音による索敵。こんな芸当ができるヤツを他に知らない。
 インカムに話しかける。
「こちらブラボー。シエラ、いるか?」
「こちらシエラ。アイサー。いますよ」
 インカムからトボけた口調で返事が返ってきた。
「どこだ?」
「ブラボーの居るところから、約700mってところっすかね。丘の岩陰に隠れています」
「んじゃ、いっちょ頼むわ」

 所属する『警備会社』からこの仕事が舞い込んできたのは年明けすぐのことだった。
 内容は要人の警護。ギャラは至って普通。ただ、問題になりそうだったのは場所。ペシャーワルでその要人と落ち合うようにという話だった。
 ペシャーワル。南アジアにあるパキスタンの北西辺境の都市だ。50kmも西に行けば、カイバル峠を越えてアフガニスタンとの国境にぶち当たる。
 内容的には、パキスタンペシャーワルから、アフガニスタンのジャラーラーバードまでの移動だという。
 混乱醒めやらぬ南アジア。この案件は戦闘に巻き込まれることも想定されたものだろう。だからこそオレ達が雇われたのだ。
 そうは言いつつもあくまでも名目は『要人警護』ではある。戦闘は避けて通ればいい。戦闘情報を確認しながら進めば済む話ではあるし、現場確認でも銃撃戦をやっていれば音でわかる。
 問題は襲撃だ。要人様がどこのどいつなのかは知らないが、要は襲撃の可能性があるかどうかが問題なのだ。たかだか一介のフリーのジャーナリストが、一体誰に狙われるというのか。そういう意味では、フリーのジャーナリストの警護なんていうのは、聞いたこともない話ではあったのだが。
 つまりは、多少の不可解さはあったものの、そこまで深刻な事態には陥らないだろうという読みはあった。

 ペシャーワルのバシャ・カーン国際空港で落ち合った要人様は、ジャック・ハワードと名乗った。栗毛の髪にがっしりとした体躯、レイバンのサングラスを掛けた30代後半の男だ。
 歩き方や身のこなしに軍隊経験を感じ取ったオレは、ジャックなる名前が偽名だと思った。ジャック・ハワードなんて俳優にもそんな名前のヤツが居たような気もするし。
 何だか嫌な予感がしたものの、警護対象がただ単に護られるだけの存在ではない事にある種の心強さを覚えた。
 トレーサーであるタンゴが「特殊部隊出身のヤツがオレ達に何の用があるんだかな」と呟いたのがやけに印象的だった。
 話を聞いてみると、フリーの戦場ジャーナリストではなく考古学系のジャーナリストとの事だった。なるほど、遺跡調査の警護とくれば、鉄火場に脚を突っ込みに行くような状況にはならないように思えた。
 これが後に大間違いだったことを知るわけだが。

 ペシャーワルで一週間ほどクシャーナ朝カニシカ王時代の遺跡を調べたジャックとオレ達は、従来の行程通りアフガニスタン国境のトールハムへと移動した。
 つい最近、ターリバーンによるペシャーワル軍事学校襲撃などといった物騒な事件はあったものの、ペシャーワルは概ね平和で何の問題もなかった。
 しかし、国境を越えた辺りで問題が発生した。
 あろうことか、夜中にジャックがキャンプから姿を消してしまったのだ。もちろん、交代で見張りをしていたオレ達の目を盗んでだ。
 午前4時半頃、ジャックの失踪に気づいたオレ達は、トレーサーのタンゴにジャックの痕跡を探させ、同時に彼の荷物を探った。
 彼の荷物は、そのまま彼のテントに転がっていた。中身を漁ってみると調査に必要そうな手帳と衛星写真まで残っていた。
 状況から考えると連れ去られた可能性は高い。しかし争った形跡が全くないのもおかしい。
 色々と考えているうちにタンゴが戻ってきたので、本部に現状を報告し、指示を仰いだ。
 本部の返答は至極簡潔で、オレ達全員が溜息を吐くには十分とも言える内容だった。
 曰く、『警護は奪還に変更』

 タンゴが確認してきた足跡はニ人。ジャックを連れ去った人物は若い女性らしかった。
 二人は西に向かって5kmほどのところで車に乗り込んでいた。向かっている方角はオレ達が寝泊まりしたキャンプから北西。
 ジャックの持っていた衛星写真の映像を本部に転送し、照合してもらったところ、やはり場所はキャンプから北西の遺跡らしいとのことだった。
 当然の事ながら、オレ達はこの遺跡に向かうことになった。
 途中、キャンプから8kmほどの所に村落があった。ジャックの足取りを確認するため、村落に入り情報収集を行った。
 二人はこの村に立ち寄り、食料と燃料を調達して進んだらしい。ジャック拘束されてはおらず、やはり、女と連れ立ってキャンプを立ち去ったようだった。
 衛生写真の遺跡は村落から北に15km程のところにあるらしく、幸いその情報も仕入れることができた。かなり古くからある遺跡らしいが、あまり人に知られることもなく発掘調査対象にもなっていない朽ち果てた石窟寺院らしい。
 三年ほど前から巡礼者と思しき数人の人影が見えることもあるが、ターリバーンではないらしく、武装している様子もないとのことだった。
 この話はオレ達にとって吉報だった。もし仮にこれがターリバーンの残党であったら手持ちの装備では少々心許ない。
 オレ達はその晩を村落の外れでキャンプを張って過ごし、夜明けを待ってその遺跡へと向かったのだった。
 だが遺跡で待っていたのは、怪しい宗教団体の巡礼者ではなく、銃弾の洗礼だった。オレ達と荷物をここまで運んでくれたトラックは、最初に迫撃砲に狙われて吹っ飛んでしまった。

「カウント、こっちで取っていいっすか?」
 シエラがタイミングを聞いてくる。
 突入のタイミングは、全体を俯瞰できているシエラに任せた方が良いだろう。
「こちらチャーリー。ちょっと待って」
「こちらシエラ。なんすか?」
「タンゴ、シエラが撃ったら、スモークグレネードを塹壕と洞窟にぶっ放して。もちろん塹壕が先ね」
「こちらタンゴ。スモーク炊いたら突撃できなくなるのでは?」
 タンゴが異を唱える。
「こちらチャーリー。穴蔵から獲物を狩り出す時に燻すってのは、常套手段じゃない。そういう時の為にアタシがいるんでしょ?」
 タンゴが困ったような表情でオレの顔を伺う。
 タンゴの気持ちはよく分かる。そんなプラン、誰が採用するっていうんだ?っていう。な?
「単身突撃の白兵戦なら、アタシは無敵なのだ」
 チャーリーはそう言って、許可も出していないのに、いそいそとガスマスクを装着し始めた。
 単身突撃など、常識から考えればあり得ない戦術だ。あり得ない戦術だからこそ敵も混乱するし、その混乱を利用して一気に制圧してしまうチャーリーの白兵戦闘能力こそが、そもそも常識の埒外だ。
「こちらブラボー。もういいや、チャーリーの好きにさせろ」
 一瞬、インカムの間に深々とした溜息が聞こえて来そうな沈黙が流れた。
「こちらタンゴ。了解」
「エコーは中継ポイントになりそうな11時の方向にある岩陰へ進め。そこまでの援護をオレがやる。そのままエコーは中継ポイントからチャーリーを援護」
「こちらエコー。了解した」
「えっへっへぇー、さぁ、狩りの時間だよぉー」
 チャーリーがククリナイフとコルトガバメントを腰のホルスターから抜き構える。
「ブラボーより、全員へ通達。シエラが5カウントの後遠距離射撃。ヒットの有無に関わらずタンゴがスモーク・グレネード。その後はチャーリーの援護。チャーリーはアタック。エコーは11時の中継ポイントへ進め。オレはエコーの援護」
『了解』
 チーム全員の声がハモる。
「こちらシエラ。カウントダウン。5、4、3、2、1」
 悲鳴と共に洞窟の上から人がドサリと落ちてきた。遅れて銃声が飛んで来る。
 タンゴは既に立ち上がり、敵が状況を把握できないでいる一瞬を狙ってグレネードを発射していた。間抜けな音とともにスモーク・グレネードは塹壕の中に吸い込まれていった。
 同時にシエラに狙撃された二人目が、洞窟の上から落ちてきた。
 チャーリーは既に岩陰から飛び出していた。小柄な彼女の背中が塹壕の中に飛び込んだ。野太い銃声。断末魔の悲鳴は聞こえない。
 視界ゼロの中、音と気配だけで左手に持ったククリナイフの間合に入った敵を察知して切り伏せる。間合いの外にいる敵には右手で持ったガバメントの強烈なマン・ストッピングパワーでぶっ飛ばす。それがチャーリーのスタイルだ。
 ガバメントの銃声は2回。
「こちらチャーリー。クリア」
 その声を合図に援護を再開させる。
 チャーリーは塹壕から飛び出して、洞窟へと駆け寄っていった。

「ちょっとー。どう考えてもコイツ等、素人じゃないんだけど」
 チャーリーが地べたに転がっている謎の武装集団をタクティカルコンバットブーツで小突きながら訴えている。
 スモークが薄れて、ガスマスクを着けなくとも洞窟に入ることができるようになっていた。
塹壕まで掘ってますしねぇ」
 のんびりとスナイパーライフルL96A1を背中に担いだシエラが歩いてくる。
 確かに巡教者も狂信者も、墓穴は掘っても塹壕は掘らないだろう。何者なんだろうか、こいつ等は。
「ブラボー、本部に確認を取った方がよくないか?」
 タンゴが慎重論を提案する。
「入口にこんだけ人を投入してたら、中はそんなに多くないんじゃない?」
 チャーリーは救出推進派だ。
「既に結構な数を殺っちまってる。ここで躊躇するのは無意味だ」
 エコーが身も蓋もないことを言う。
 確かに、既に戦闘は始まってしまっている。本部に問い合わせを入れずとも、足元に転がっている連中が例えどんな奴等だろうとも、襲撃を受けたので反撃したという正当性はそのまま報告として通用しそうだ。
 ただ、なんとなくではあるがとても嫌な予感がするのはオレだけだろうか。
 唐突に拍手が聞こえた。
「いやぁ、実にお見事でした」
 全員が照準を男に合わせた。チャーリーだけが男の喉元にククリナイフを突きつけている。誰も引き金を引かなかったのは、あるいはチャーリーがククリナイフを振り抜かなかったのはその男に見覚えがあったからだ。
 ここでご登場か、ミスター・ハワード。

「さて、ここで皆さんにご説明しましょう」
 入口から洞窟の奥へ進むこと、5分程度。安全は保証するというジャック・ハワードを信用し、シエラと合流したオレ達は崩れそうになっている石扉の前の空間にいた。
「この石扉の向こう側にあるのが玄室。つまり太古の墓の跡です」
 周囲は仄明るい。電灯もランプもないのにどういう仕組みなのか。
「皆さんはエキゾチックマターという物質の存在を聞いた事がありますか?」
 ジャックはゆっくりとした口調で話し始めた。
 シエラが反応を示す。
「それは、仮説上の粒子のことですか?それとも、ボース=アインシュタイン凝縮やクォークグルーオン・プラズマのような状態のことですか?」
 それは、一体何の話だ?
「よくご存知ですね。しかし残念ながら違います。オムニシエントであるあなたならば本当の意味をご存知なのではないですか?」
 ジャックが笑う。地面から照らされる仄かな明かりのせいで不吉な笑みのように見える。
 シエラは黙り込んだ。
「エキゾチックマターという物質は、現代物理学においては『その存在が確認されていないが、仮説上存在すると言われている物質。あるいはその物質の状態』と定義がなされていますが、わたしがここで説明しようとしているものは、確かにその範疇には入るものの、人間に変異を与えて進化させ、文明を発展させる物質のことを意味します」
 ジャックの声が朗々と洞窟内に響き渡る。
「ナイアンティック・プロジェクトですか……」
 シエラが声を絞り出すように呟いた。
「そうです。遥かな太古の時代から、人間を変異させて文明を発展させてきたエキゾチックマターを使い、既に滅亡への道を歩み始めてしまった人類を変異させて地球という星の運命を矯正する。我々はそのためにナイアンティック・プロジェクトに加わった。そして、同じような立場にあるあなたならばご存知の筈だ。南アジアのどこかに、エキゾチックマターを制御するシステムが眠っているということを」
「では、この遺跡が13マグナス・ネスト?」
「おい、シエラ、どういうこなんだよ?!」
 シエラの言葉をエコーが怒声で遮った。
「エコー、すみません。僕等はとんでもない厄介事に巻き込まれたらしい」
 シエラは溜息を吐き出すように言った。
「厄介事ね。表に倒れてる連中が襲撃してきた時点で、分かっちゃいたがね」
 苦笑して肩をすくめながらら皮肉を漏らしてしまう。自分のこういう性格は嫌いじゃない。
「連中は彼等に対抗しようとしているアンチマグナスのイリーガルエージェントでしょうね」
 シエラが説明を続ける。
「そうですね、あなた達が突破してくれたお陰でわたし達もすんなりとここに入ることができました」
 ジャックがにこやかに話しかける。
「僕は、何も知らされていなかった」
 シエラがオレ達に自分の立場を訴えた。
「信じて良いんだな?」
 オレの言葉に、シエラはエコーの目を見据えたまま頷いた。
「しかし、僕がオムニシエント?一体どういうことなんだ?」
 シエラがジャックに問い質す。
オムニシエントのロールは、『叡智』、そして『俯瞰する者』。だが、そのロールも物語の中でのものでしかない。決して物語全般を見渡すことは出来ない」
 ジャックはゆっくりとオレ達を見回し、ニヤリと笑うと石扉を奥へと押し込んで開き始めた。
 扉は崩れ落ちそうな外見とは裏腹に、音もなく開いた。
 ビジョンが見えた。放射線状に並べられた幾つもの棺。直感的に分かる。これはやばいヤツだ。
 オレは無言でグロック19でジャックの頭を狙う。
「コレは何だ?」
 ジャックは大げさに驚いたように肩をすくめた。
「見えましたか」
 見えた?どういう事だ?
 オレは何も言わずにジャックを睨み続けた。
「安心してください。あなたが見たビジョンの通り、中には棺しかありません」
 なぜお前がオレの異能を知っている。
「タンゴ、エコー」
 タンゴとエコーに指示を出す。タンゴが地面を調べる。エコーが聞き耳を凝らす。シエラとチャーリーとオレは三方向からジャックの頭を狙っている。この状況では確実に誰かがジャックの頭を吹き飛ばすだろう。ジャックには何もできない。その筈だ。
 だが、何故だ?オレが見たビジョンは未だ頭の中から消えない。脅威はこの眼の前の男ではないのか。
「少なくとも、ここ数年この扉が開いた形跡はない」
 タンゴが無愛想に報告する。
「部屋の中も誰かが潜んでいるわけでもなさそうだ。ついでに後をつけているヤツもいない」
 エコーも珍しく真剣な顔をしている。
「そういうわけで、中へどうぞ」
 ジャックが扉を潜り中へと入っていく。
 チャーリーが中へ入る。
「クリア」
 しばらくの間の後、チャーリーの報告が入る。
 続いて、タンゴ。そしてシエラ。オレ。最後にエコー。
 オレの背後でエコーが息を飲む音が聞こえた。
 誰も居ない筈の玄室には、ひとりの女が待っていた。
「誰も居ないと思ったでしょう?残念でした」
 サリーのような民族衣装を纏った女は、そう言って微笑んだ。
 背後から石扉が閉まる音が聞こえて来た。

 真っ先に動いたのは、やはりチャーリーだった。円形のステージのような場所に駆け上がる。ステージに立つ女の右腕を絡め取って背後に回り、ククリナイフを喉元に突きつけた。
「動くな!」
 チャーリーは女の右腕を極めたまま、ジャックの方へ突き出して牽制する。
 オレ達も女とジャック、両方へと銃口を向けた。
「いいから手をあげて、後ろに組め」
 苛立ちを隠しきれずにジャックへ命じる。
「ゆっくりとあの円形のステージに行け」
 ジャックはエコーの言葉に満面の笑みを浮かべる。
「承知した」
 手を頭の後ろに組み、ゆっくりとした足取りでステージへと上がるジャック。が、ステージのセンターへと進む前に足を止めた。
「ところで、あなた達は気になりませんか?この下にある棺を」
 コツコツと踵で円形のステージを叩いた。
 エコーとタンゴがギョッとしてステージの下に視線を走らせた。「陽動なんかではありませんよ。この円形の祭壇の下に棺があります」
 確かにそうだ。ビジョンではあの位置に棺が放射状に並んでいた。ジャックが祭壇と呼んでいる円形のステージは、薄っすらと光っていて、中の影が微かに見えている。その影は棺のようにも見えた。
「ここはネスト。13の覚醒者-センシティブ-が眠りに着く場所」
 女はジャックの言葉を継いで、ゆっくりと説明をしはじめた。
「エキゾチックマターによって変異した人間はセンシティブとして目覚めて様々な異能の力を手に入れることができるのだ。その異能の力を大別すると13のアーキタイプとして分類できる」
 ジャックは説明をしながらステージの中央の方へと歩み寄る。
「残念ながら、今回のこの案件では13の全てのアーキタイプを一斉に揃える事は出来なかったのだけど」
 ジャックが女の傍らに立つ。
オムニシエント。叡智を司る者。シエラ、きみだ」
 シエラの顔は真っ青だった。
エクスプローラー。行き先を指し示す者。タンゴ、あなたよ」
 タンゴは驚きを隠せずにいた。
「リスナー。音を逃さぬ者。エコー」
 エコーは間抜けにも呆気に取られていた。
「ビジョナリー。未来を視る者。ブラボー」
 未来が見えるといっても、ほんの数秒後の未来だけなんだがな。
「そしてわたしがトリックスター。物語を進行させる者」
「あたしがパトロン。この物語を支援する者」
 ジャックは女の傍らに立ち、チャーリーの手を取った。
「そして最後にカタリスト。チャーリー、きみは触媒だよ」
「おめでとう、チャーリー。このマグナスの花嫁はあなたよ」
 重い沈黙が降りた。
「一体なんだっていうのよ?!頭おかしいんじゃないの?!」
 チャーリーが我慢できずに叫んだ。女を突き飛ばして後ろへよろけるように下がる。
 どこかで岩の歯車が噛み合うようなガコンという音が響いた。
「エキゾチックマターをこの世界に持ち込んだシェイパーズの花嫁。ロールを果たしなさい」
 ステージが持ち上がったかと思うと、埋まっていた棺が浮かび上がり、外へ向かって屹立した。
 棺の蓋は太古の技術でどうやって実現させたものか、水晶のように透き通っていた。その透き通った蓋の中にある人影……。
 そんな馬鹿な。あれは、あの棺の中に収まっている遺体はオレだ。
 そして残りの12の棺の中に収まっているのは……。
 チャーリーの悲鳴が洞窟内にこだました。

「あぁ、そうそう。オムニシエント。残念ながらここは13マグナス・ネストではない。そうだな…クェイサイ・マグナス・ネストとも言うべきかな」
 屹立した棺の隙間からジャックと女が現れる。
「そう。13マグナス・ネストのハードルはもっと高くてね。あそこは遥か太古の文明がショーニン・ストーンを封じている場所なの。アズマティの一族があそこの番人をやっている以上、そう簡単には奪えそうになくって」
 オレ達はゴーゴンに魅入られたようにジャックと女の説明を聞いていた。
「そこで、ショーニン・ストーンと同じようにエキゾチックマターをコントロールできるシステム、アーティファクトっていうヤツを作れる遺跡を探してたというわけだ」
 低く、唸るように響く、何かの駆動音。
「そのアーティファクトの欠片を精製できる場所のひとつが、ここっていうわけ」
 耳鳴りのような、酷く不快な高音。
「ショーニン・ストーンほどに強力ではないにしろ、エキゾチックマターを制御できるのだから、我々にとっては強力な切り札となり得る」
 棺の中から幽霊のように半透明な黒い人影が浮かび上がっては、洞窟の天井へと消えていく。
「この棺は、あなた達センシティブの肉体を格納しているタイム・カプセルみたいなものよ」
 本当にこの棺の中に入っている屍はオレなのか。
「本体はここにある。今のあなた達は幻影だ。シミュラクラという不死の存在だ」
 不死とは何だ。
「シミュラクラは1331日をかけて、肉体との再結合と再分裂を繰り返すの」
 オレ達は幻影だというのか。幻影として生きてきたのだとするのならば、今までのオレは一体何だったのだろうか。
「この再結合の際に発生する、特殊なエキゾチックマターこそが、アーティファクトの精製に必要なのだ」
 オレ達は何のために産まれたのか。
「ここに居る7人以外のアーキタイプはなかなか足並みが揃わなくって、今回はちょっとズルさせてもらったんだけどね」
 アーキタイプとして、こいつらに利用されるために産まれてきたのか。
 洞窟の天井が仄かに光りはじめる。
「残りの6体のアーキタイプは、既に棺の中で眠りについている。ミレニアムという区切りのいい2000年に、このプロジェクトを立ち上げて、今日でちょうど15周年だ。キリのいいところで我々も切り札を入れようということでね」
 こいつらに利用されるために、望んでもいない異能を与えられて産まれてきたというのか。
 棺から産まれ、天井に集まった亡霊共が雷雲となり、雷が天井を這いまわる。
「安心して。再結合した後は、たぶん記憶も何も全部失って生まれ変わる予定だから」
 異能を悪魔の子だと親に罵られ、ボコボコに蹴られて死にそうになった記憶が蘇る。
 天井を這う雷が悪魔の姿を成し、三叉の鉾を振りかざして雄叫びをあげた。
「まぁ、あくまでも予定であって、アーティファクトの欠片を精製した文献なんていうのは残ってなんかいないから、どうなるのかはさっぱり分からんがね」
 冗談じゃねぇぞ。悪魔なんぞお呼びじゃねぇんだ。
「あたし達の崇高な犠牲によって、この地球が救われる。そういうのも悪くないわよ?」
 冗談じゃねぇぞ!!怒りが出口を求めて体中を駆け巡る。
 唐突にビジョンが現れる。爆音。そして崩れ落ちる洞窟。
 指示書に書かれないまま、直接上司から口頭で受けた命令。
『我々はいつでも無人爆撃機を飛ばせるように準備だけはしておく。くれぐれもビーコンだけは切るなよ』
 あんのクソ上司、こうなることを予想してやがったなぁ……。
「オメェ等!!爆撃が来るぞ!!」
 オレは抜け落ちていく力や気力をかき集めて全力で叫んだ。
 叫ぶと同時にステージに向かって走り込む。目指すは、屹立した棺が収まっていた筈の穴。何千年もの年月を耐え抜いて来た、現代科学でも説明不可能な物質でできたオーパーツの隙間。
 一瞬遅れて我に返った全員が同様に隙間に向かって走り込む。
 我に返ったジャックと女が洞窟の天井を見上げたその瞬間。
 轟音とともに洞窟が崩れ落ちた。

 オレ達はかなりの重症を負い、ボロボロになりながらもなんとか全員生還した。
 ギャラは交渉の結果、5倍に跳ね上がった。
 洞窟内の棺と中の屍はオレ達の所属する警備会社「HAZDATA」が回収したらしい。その後、それらのオーパーツで何やら怪しげな研究をしているらしかったが、オレ達は大金を積まれて詮索無用との厳命を受けた。オレ達の屍なのに、詮索無用とは酷い扱いだとは思ったものの、アホみたいな大金の前に屈した。沈黙は金とはよく言ったものだ。
 ジャックと女の遺体は見つからなかったらしい。もちろん、あの二人の正体は覚醒派であるエンライテンド側の人間という以外、何も分からなかったそうだ。
 ようやく傷も癒え、退院できる頃になって、ハンク・ジョンソンという男が、アフガニスタンにあった13マグナス・ネストに関するレポートをGoogle+というSNSに掲載しはじめた。
 最後に。SNSに載っていたハンク・ジョンソンの写真はオレ達が知っているジャック・ハワードという男とは全く似ても似つかぬ別人だったことを付記しておく。

-了-


 あとがき。
 今回はイングレスっていう、位置ゲーのバックストーリーをスピンオフにしてみました。割とガチで挑戦しました。
 色々難しかったですね。長くなってしまいましたね。
 最終的に短編の枠に収まるよう、今あちこち削りまくってます。
 だいたいそんな感じの作品です。