龍の泉-1
強い日差しが照りつけている。下生えの草花は青々として茂って、常葉樹から溢れ落ちた木漏れ日が斑に色を飛ばしている。
5月の連休明け。もう夏に入れてもいいのではないかと思えるほどの真っ青な空の下、月越山の遊歩道を三人が登っていく。
先頭を歩くのはアキラ。そのすぐ後を歩いているのがリカコ。そしてやや離れてユウトが続く。体力的に男女の差があまり変わりのない中学生だが、アキラに続くリカコの足取りはしっかりしている。
それほど大きな荷物を背負っていないアキラとユウトに対して、リカコの背にあるのは青くて大容量のリュックサックだ。できるだけ揺らさないようにして、足を運んでいるその様子から体力にまだ余裕があることが分かる。
しかしそのリカコの様子とは裏腹に、最後尾を行くユウトの足取りの方が覚束ない。肩で息をして顎があがっているユウトはいかにも体の線が細く、時々度の強いメガネを外しては肩にかけたタオルで流れる汗を拭っている。
リカコがユウトの遅れに気が付いてアキラに声を掛ける。
「アキラ。ユウト遅れてるよ」
アキラはその声に立ち止まる。
ユウトもリカコの声に反応し、少々むっとした顔をして立ち止まった。
「ボクのことは気にしなくていいよ」
「そんなわけにはいかないだろ」
アキラが自分の袖で汗を拭いながら木々に隠れた月越山の稜線を見上げる。現在地は山の三合目辺りか。頂まではまだ程遠いが、目的地は山頂ではない。行程の半分は既に過ぎている。そろそろ休憩を入れてもいい頃か、とアキラはひとりつぶやく。
そんなアキラの様子を見て察したのか、ユウトは不満気にため息を漏らす。まだまだ歩けると言わんばかりに。しかし、その膝はわずかに震えていて、ユウトはそれを前の二人に悟られないように足を踏ん張った。
ユウトは悔しくなって、自分の情けない足元を見る。狐色のトレッキングシューズと厚めのソックスから伸びた、いかにも筋力のなさそうな、白くて細い脚。焦げ茶色した半ズボンのワークパンツに、襟付きの青緑ボーダーのポロシャツ。手には焦げ茶色のトレッキングステッキまで持っている。その装備はトレッキングのスタンダードだが、これ等が山登りに適している事は説明するまでもない。
しかし、アキラは黒いTシャツの上に白いワイシャツを羽織り、ジーンズにサッカーシューズという軽装だし、リカコにいたってはグレーで七分袖のパーカーにブルーデニムのショーパン、黒のニーソにコンバーススタイルのハイカットバッシュというカジュアルにも程がある格好だ。
ユウトなんかはその格好を見て、脚を怪我でもしたらどうするのだろう?等と思ってしまう。
「こんな格好をしているボクがまるで馬鹿みたいじゃないか」
ユウトは自分のトレッキングシューズに向かってつぶやく。
これだけ意識に差があるというのに、ユウトが遅れがちなのは、偏に体力の違いとしか言い様がないのだけれども、ユウトはそれを決して認めたくはない。実際、ユウトにとってはこれだけの装備なのに、なぜ自分が前を行く二人に遅れをとっているのか?という思いが強い。意識の問題ではないのだが。
とにかく、ユウトはそんな思いを地面にぶつけながら一歩一歩確実に脚を踏み出そうとする。しかし、非力な脚はそんな思いをよそにユウトのいう事を聞いてくれそうにない。
「とりあえずこの先に平らなところあるからさ」
アキラが急勾配に登っていく山道の先を指さす。
「そこで一旦休憩しようぜ」
「龍之介にもご飯食べさせなきゃいけないしね」
リカコが背負ったリュックサックを気にかけながらそう言った。